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2005年07月23日

■ 炎上顛末記 このエントリーを含むはてなブックマーク

http://www.nozomu.net/journal/000162.php

 コチラのエントリーで紹介したその後、の吉田望氏側のまとめエントリーです。どうやら吉田氏はこの件に言及しているブログさんにトラックバックをしているようで、このような小さなブログも見落とさずにトラックバックしていただき、どうもありがとうございます。

 ただ、こちらの「amazon書評者nomadicaさんにお詫び」と題された、まとめエントリーからもリンクを貼ってあるエントリーを読むと、少し疑問が頭に浮かぶのも事実です。吉田氏とnomadica氏とは比べ物にならない程度の知識と読解力しか持ち合わせていない自分が言うことなので、違うと思われる方も笑ってコメントなどで指摘していただければ幸いなのですが、この吉田氏の「お詫び」を、nomadica氏が読まれた時に浮かぶのは、謝罪に対する満足感や納得、といったものではなく、違和感なのではないか?と思いました。

 私は腹立ちを紛らわすために、その彼の善意につけこんでしまいました。一度私の本に下した断罪を、説得により、懇願により、彼に再び高い評価を頂く、ということはプライドが許さず、私が傷ついたのと同じぐらいに(結果的に、それよりひどいものになってしまったと思います)彼を傷つけることにより、うさ、を晴らそうとしてしまいました。

 ここを読んで、まず疑問に思うのが、

>一度私の本に下した断罪を、説得により、懇願により、彼に再び高い評価を頂く、ということはプライドが許さず、

という部分でした。そうすることも可能であったが、以下に続く

>私が傷ついたのと同じぐらいに(結果的に、それよりひどいものになってしまったと思います)彼を傷つけることにより、うさ、を晴らそうとしてしまいました。

 このような行動をとってしまった、と吉田氏は書いておられるわけですが、メールにおけるやりとりを実名で掲載されてしまった、などと言う、情報公開における手法や考え方において、nomadica氏が困惑した部分は多々あったとは思いますが、基本的に、吉田氏のコメントの数々により、nomadica氏が傷ついた、ということはおそらく全く無かったのではないか?と思います。そして、おそらく吉田氏がどんなに説得し、懇願しようとも、nomadica氏のレビューの内容が書き換えられ(再び?)高い評価を得られる、ということにはならなかった(吉田氏の「会社は誰のものか」が高い評価を得られる内容ではないから、というわけではもちろんありませんが)と思います。

 彼の履歴をプロファイルしようとしたことは大人げないことでした。(小倉先生じゃないんですから)また彼の人格能力に対して私が一方的に放った言葉は、取り消しがつかないことにしても、心から謝りたいと存じます。私は、依願ではなく、力と対決により、彼の書評を葬り去りましたが、

 そして、先ほど引用した段落に続いてこう記している吉田氏ですが、nomadica氏がAmazon内でのレビューを消去したのは、ご本人が書かれている通りに「大人げない」ことをした吉田氏に対する、nomadica氏の「大人の対応」であり、「力と対決により、彼の書評を葬り去りました」なんて側面はこれっぽっちも無いように思いました。乱筆乱文を御容赦ください。

関連リンク:Amazonの書評をめぐってバトル発生

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