第6回 primal scream 37

俺は体調が悪いと言って彼女と別れ、地下鉄に乗った、はずだった。しかし俺はまた別のバーにいた。今度は俺の臭いを気にする奴は誰もいなかった。それもそのはずだ、そのバー自体が悪臭に満ちていた。俺が見たことも無い何かを永遠に腐らせたような臭いだった。俺はバーにいながらにして深い闇の中にいた。酒をあおるたびに闇は深くなった。俺はどんどんとその闇の中に落ちていった。ゆっくりと。身体は宙に浮いているように軽かった。こんな酔い方は始めてだった。いかなるものにも縛られていない、全くの自由にも感じられたし、とてつもなく大きなクッションに包まれているような安心感もあった。落ちていく途中で俺は何かを受け取った。真っ暗闇の中、手に触れたものを思わずつかんだのではない。確かにそれは、誰かの手から俺の手へ“渡された”のだ。俺はそれを必死に見ようとしたが暗くて見えなかった。自分に目がついていないように感じた。それはぐにゃりとした物体だった。片手でつかめるほどの大きさで、さほど重くは無かった。しかし、思い切り握るとつぶれそうなはかなさを備えていた。毛のようなもので覆われている感じもしたが定かではなかった。一瞬何かの死骸かと思ったが、直感的に違うと思った。そして悟った。それは“俺”自身だった。俺は俺をつかんでいた。俺は俺をつかんだまま落下していた。俺がつかんでいる俺はまた俺をつかんでいるはずで、俺もまた俺につかまれているのだ。もし俺が本当に誰かを愛することができたなら、この手の中に俺以外の人間が存在するのかもしれない。もし俺が本当に誰かに愛されたなら、俺をつかんでいる人間は俺で無くなるかもしれない。しかし、今この暗闇の中ですべてが俺だった。うれしくも哀しくも無かった。ただ闇があるだけだった。

やがて、俺はこの闇に終わりがあることを突然理解する。そして、ああ、もうそろそろだ、と思う。そして、その思惑通りに闇の終わりが訪れる。

どすん、と全身に衝撃が走る。自分の歯を噛み砕くほど悔しいことに、俺の意識は一時も途切れず、痛みをまっすぐ受け止める。それは生きるのが嫌になるほどの、しかし死には至らないという、最悪の痛みだった。(2005.01)

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