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第9回 primal scream 41
俺はしばらくホームのいちばん端でただぼんやりと立っていた。頭を上に上げて天井を見ていた。トンネルを見ていると吸い込まれそうな気分になるからだ。ある瞬間、べっとりとした風が俺の頬をなでた。やがて暗いトンネルの向こうから光が見え始めた。電車が近づいているのだ。どこかで見たような光景だった。危険だから下がれという内容の機械的なアナウンスは、聞くものがおらず、ホーム全体に拡散している。しかし、その口調が強い調子に変わるので、少し耳を傾けると、それは俺に対して言っているのだということが理解できる。なるほど俺は危険な位置に立っていたが、なぜだかどうしても体が動かなかった。そのままでいるとさっきの駅員があわてて近づいてくる。何かささやきながら腫れ物にさわるようにやんわりと俺を奥に下げようとする。なにも抵抗する理由はないのでそのまま下がるが、そのとき目の前の線路に沿って1匹のネズミが走るのが見える。ネズミは一瞬立ち止まりこちらを見る。俺はもう駅員のせいで安全な位置まで下がっているが、確かにねずみと目があったような気がして、そっちをのぞき込むと駅員はあわてて、腕に力を込め、俺をねじ伏せようとする。それでも俺はかろうじて駅員の肩越しに線路をのぞくことに成功するが、ネズミはもういない。やがて電車が入ってきてホームの風通りが悪くなり俺は吐き気を催してくる。俺が「もう大丈夫だ」と言って、駅員の肩をたたくと、駅員の顔には不安と安堵が入り混じる。このまま一緒に電車に突っ込んだらどうしようとでも言わんばかりだ。しかし、そうはならない。駅員が何か言ってくるが、俺には何も聞こえない。電車は何事も無かったように駅に止まり、そして2,3の人間を吐き出し、同じくらいの人数を吸い込んで発車した。俺は電車に乗らず、そのまま出口に向かいながら、ネズミが何を言いたかったのか考えるが、何も浮かばない。足下がふらついて、階段で転びそうになる。俺がしなければならないのはこんなことじゃないと思いながら通路を歩き、自動改札機を飛び越え、外に出る。何人かが追いかけてくるので、俺は突然走り出す。とにかく走る。身体は自分のものでないようだった。しかし何とか動かすことは出来た。俺は何度か転び、新しい血を流しながら、どこかに向かう。そこにあると思わなかった、突き刺すような朝日が俺にはあまりにもまぶしくて、それが理由かどうかはわからないがとにかく俺の目からは涙があふれ出てくる。もう追いかけてくるものはいないし、これ以上は走れないと思うが、どうしても止まることが出来ない。ネズミは一体何を目印に止まるのか。何処からかあふれ出てきた人間どもをかき分けながら、俺は今日始めて、いや、生まれて始めて何かをしているような気になり始めていた。(2005.04)
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