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第42回 last days
死んだ友人が突然訪ねてきた。死んだときと同じく後頭部がほとんどなかった。友人は何もしゃべらなかった。俺はなんとなく居心地が悪かったが、訪ねてきたのには理由がある気がして、追い返さずにいた。生前、特に仲が良いわけでもなかった。一度か二度は夜通し語り合ったことがある気がするが、友人と呼べるかどうかさえ不確かだった。あまりにも友人がしゃべらないので、俺からいくつか質問をしてみた。なぜやってきたのか、どこからやってきたのか。それでも友人はしゃべらなかった。ずっと下を向いていた。俺は冷蔵庫からビールを2本出し、1本を彼の前に置いた。彼は動かなかった。死んでいるから飲めないのか、手を出すそぶりもなかった。
俺は友人を無視してテレビを見ることにした。それで向こうが何か言うならそれでいい。何も言わないならそれでいい。突然訪ねてこられたのはこちらなのだ。追い返してもおかしくない。それを我慢しているのだから。
それでも、俺はテレビを見ながら、ぼんやりと友人のことを考えていた。友人が死んだのは交通事故だった。バイクに乗っていて追突されたか何かだったような気がする。よく覚えていない。俺はビールがなくなったので冷蔵庫に取りに行った。友人は相変わらずそこにいた。正座していた。そして後頭部がなかった。うなだれているように見えた。友人の前にはビールがそのまま置かれていた。
俺は2本目のビールを飲んだ。テレビはつまらなかった。友人と俺は同い年だったと思う。知り合ったのは大学のときだったか。そういえば大学時代は何度となく一緒に飲んだ気がしてきた。二人とも医者を目指していた。俺はまったく違う人生を歩んでいるが。そもそも親のすすめで入りたくも無い医大に入ったのが俺の人生の中でケチのつきはじめだった。
俺は結局大学に行かず、好きなことばかりをして漂っていた。友人と一緒にツーリングも行ったことを思い出した。あの頃は楽しかった。あれからもう何年経ったか。俺は未だに定職に就かず、アルバイトをして暮らしていた。家にも帰れなかった。帰ったとしても中に入れてもらえないだろう。テレビでは面白くないお笑い芸人が漫才をしていた。
確か友人が事故を起こしたのは、大晦日だった気がする。その日は夜まで一緒に飲んでいたのではなかったか。随分昔の話だ。俺が大学を辞めるのを止めに来てくれたのだ。優しいところのある奴だった。その後友人が大学を卒業したのか、どうなったのかは知らない。できれば、そのあたりを聞いてみたい気がしたが、質問しても何も答えてくれないだろう。死んでいるから話せないのかもしれなかった。振り返ると友人はまだそこにいた。下を向いていた。その前にビールがあった。
今日もよく考えれば大晦日だった。俺には行くところもすることも何もなかった。ビールとインスタントラーメンが山のようにあるだけだった。友人がビールを飲めば、ラーメンぐらいご馳走してやってもよかったが、それも必要なさそうだった。
驚くほど静かな夜だった。テレビの声がひときわ大きく聞こえた。
俺は立ち上がり、あらためて友人の頭を見た。あの時はさほど強く打ち付けたようには見えず、後頭部がここまで無くなるなんて思いもよらなかった。よく見ると頭だけでなく、身体も相当ひどいものだった。触ろうと思えば触れる気がしたが、何か失礼に当たる気がしてやめた。そこまで気を使う必要はないにしても。友人の執拗な説得に、ちょっと走ろう、と彼を後ろに乗せてバイクで走り出したのは、年越しを目前にした頃ではなかったか。
あの時友人がもっと強く俺を止めてくれていれば俺は医者になれただろうか。今よりましな人生を歩んでいただろうか。俺は自分がこれからどうなるのか不安だった。おそらく俺が考え方を変えれば未来も変わるのだろうけれど。友人がビールを飲む理由が無いように、俺には前向きに生きる理由がなかった。時計を見るともうすぐ0時になろうとしていた。何も無いまま一年が過ぎ、大晦日が終わる。こんな俺にもまた何度目かの正月がやってくるのだろう。
「こないよ」
友人がつぶやいた。 (2008.01)
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