第50回 never lost

俺は失ったモノを探していた。昨日失ったものだ。どこで失ったかは覚えていない。昨日のことは何も覚えていない。何を失ったかも覚えていない。俺はいろんなモノを失っていた。ずっと探し続けていた。何一つ見つからなかった。空が落ちてきた。雨が落ちてきた。とりあえず通りに出た。人がたくさん歩いていた。存在理由のない女が携帯電話を相手に大笑いしていた。くそだった。俺はずっと下をむいて歩いた。何を失ったのかわからないが、何かを見つけるかもしれないからだ。ふと顔を上げると、裸同然のホームレスが大声で世界を叱責していた。俺は雨が強くなるように祈った。雨と一緒に俺が失くしたものが流れてくるかもしれない。雨は強くなってきた。どしゃ降りになってきた。あっという間に足が水に浸かった。足が重くなった。雷が鳴った。前が見えなかった。歩くのも困難になってきた。しかし、俺が失くしたものを見つける可能性は何も変わっていないように思えた。さっきのホームレスが俺の目の前にいた。俺に向かって叫んだ。「世界が終わるぞ」。俺はホームレスを押しのけた。ホームレスは倒れ水の中に沈んでいった。おそらくそのまま浮かび上がってこないだろう。世界は終わらない、と思った。それよりも失くしたものを見つけたかった。水はすでに腰の辺りまで来ていた。何かが足に当たる。俺は手探りで足の辺りをまさぐると、偶然何かをつかんだ。拾い上げてみると携帯電話だった。俺のかもしれないと思った。しかし、確認のしようがなかった。俺が携帯電話を持っているのかどうか定かでなかった。もう前が見えなかった。一歩踏み出すのに恐ろしいほどの時間がかかった。俺は流れに逆らっているようだった。自分の意思ではなかった。また何かが足に当たった。また手を突っ込むがそこには何もなかった。身体をかがめた瞬間、水を飲んでしまった。水は腐っていた。空にいるときから腐っていたのか、地面に落ちてから腐ったのか。雨は激しさを増し、もう一歩も歩けなかった。俺は探しものをしているだけだった。ただそれだけだった。俺は様子を見ることにした。少なくとも雨がやむのを待とうと思った。俺は雨がやむように祈った。まわりは何も見えなかった。俺は突然昨日失ったものを思い出した。その瞬間、何かに足元をすくわれ、俺は流れに飲み込まれた。水面でもがきながら流れに運ばれていた。思い出すのが遅かった。俺は溺れていた。立とうと思ったが無理だった。ものすごい勢いでどこかに吸い込まれているようだった。昨日、俺が失わなければ今日はこんなに日にならなかっただろうか。それとも今も失い続けているのだろうか。何となく流れるスピードが遅くなってきた気がした。それでもどうにもならなかった。いろんなものにぶつかった。身体中が激しく痛んだ。俺は失ったことなどどうでもよくなっていた。叫び声が聞こえてきた。俺はもがくのをやめ、流れに身を任せた。雨の勢いが弱まっている気がした。この腐った雨が、ほんの少しでいい、俺の罪を洗い流してくれることを祈った。(2008.09)

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