第89回 Novelty

人間の体の重さを思い知らされた。もうどれだけ引きずっただろう。袋が破れかけていた。この袋が破れたら、これを担がなければならない。それは避けたかった。女との幸せな日々を思い出していた。始まりは小さなことだった。そして信じられないくらい満たされた日々だった。出来るだけリアルに思い出した。女も幸せだったはずだ。その幸せと、今のギャップを考えると少し口元がゆるんだ。まさかこんなことになるとは思っていなかっただろう。用意された恐怖と死を想像すらしていない女を前に幸せを演じるのはたまらなく快感だった。訪問者はいつも突然やってきた。そしていつも突然いなくなった。百貨店に入るとそこにはものすごい数の人間がいて、街の空気が違っていた。帰りのバスを予約し、空港にたどり着く。駅の近くには友達がいて、と言っても人間ではなくて霊魂なのだが、一緒に食べたり飲んだりした。工場に勤めていたころは何も心配することも無く、交通機関が麻痺していたのだが、とりあえず自分のアパートを引き払って乗用車生産に携わっていた。空を見上げるとカラスが数百羽飛んでおり、仕方なくラインをストップせざるを得ない。それが結局は最終的に崩壊する予兆であったのだが。そこから生まれるものは誰にも予想できない速度で進んでおり、地震が起きたことによってすべてがリセットされる。その中でも後ろから見えるものは、人間が積み重ねてきた、繰り返してきた過ちなのであって、それは決してどのような手段を用いても償えるものではない。それはものすごく軽い引き金の銃を四六時中握らされているようなもので、心が揺れただけでも誰かを殺しかねない。それがまさに俺が抱えている問題で、その結果として俺が引きずっている女のような状況になのである。だからこそ俺は今見えているものと対峙しなければならず、それには相応の苦痛が伴う。そして俺はこれからも引きずり続けなければならない。人間や自分の足や過去を。(2011.12)

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