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第九回 何冊もの「晩年」
自分が十代の頃は、俗に言う「アイドル冬の時代」だったらしく、当時の自分の恋愛対象だった方々は、殆んどが今現在はもう、ロクな形で残っていない様です。永作博美さん位ですね、今でも(むしろ今の方が)邪悪に魅力的なのは。そうですか、アイドル不作期でしたか。でもね、好きでしたよ俺・・・・東京パフォーマンスドール。学校の机に、TPDって彫ってましたよ俺。初期のシングルに記載されていた「週末にホコ天なんてシロートだよ」という唱い文句に、何の疑いも持たなければ、含み笑いすらしてませんでしたよ。当然、HYU2(土曜夕方、現在のおじゃマンボウの枠)も毎週録ってましたよ。ベータビデオでね。メンバーの中でも一番の破壊王(場の空気とかを壊します)穴井夕子に振り回されたくて、もう仕方ありませんでした(実際に振り回されてた訳ですが)。モグネグ水曜も、彼女目当てで観始めたクチです。市井由理のあの二つ縛りに、あの変な眉毛に、あの「何か常に腹にイチモツ潜ませてる感じ」の笑顔に、もう本当ゾクゾクしてました(そのイチモツが単なる[お洒落セレブ願望]だと 気付き始めて段々ゲンナリしてくる訳ですが)。彼女達の[開き直りも芸のうち]というラップソングを、親がライトオンで買って来たバドワイザーのロゴがプリントされたトレーナーを着てた俺は、夜な夜な口ずさんでましたよ。うる星やつら劇場版の主題歌を彼女達が担当した事には、運命すら感じてました。勝手にね。[原宿ジェンヌ]という篠原涼子&川村知沙のユニットを、いっちょ前にジェンヌ(バイクのイントネーションで)と呼んで、唯一のパーキチ(パードルキチガイの略)仲間だった栃木のイトコと定期的にディスカッション&パーオナ(パードルオナニーの略。好き過ぎてしょっちゅう夢に出るので、その夢内容を帳面につけて反芻してキメる)自慢をしてましたよ。俺にとって篠原涼子と言ったら「いぃとぉしぃさとぉ〜」では無く「カメぇレオンカフェ〜」なんですよ。今でも、いや、いつまでもカメレオンカフェなんですよ。彼女がどんどんセレブ女優化してっても、俺の中では彼女は永遠に、カメレオンカフェのフロアを泳ぐ人魚であり、優しくしてあげないと咲きもせずに枯れてしまう可哀想な薔薇であり、群馬県桐生市育ちのTPDでありDPD(電撃パフォーマンスドール)なんです。いつまでもそう呼び続けますよ、俺だけは。篠原・市井・穴井に関しては、戻らない想い出を、過去を、ひたすら愛でてみせますよ俺は。
そんな自分が初めて買った写真集は、かとうれいこの[私生活]で、続けて間髪入れずに次買ったのは、井上晴美の[come
on]でした。そのくせ自分は、貧乳でしかも紡木たくを愛読してるクラスの中心的女子(間違い無く今頃は矢沢あい読んでるだろうな)を好きになり、一方的に一途にハマり込み、そうやって何年も自分で自分を執拗に追い詰めて(毎日毎日日記につらいつらいと復唱したりしてな)掘り下げていたのでした。卒業後しばらくぶりに会って、カラオケで(当時全盛の)小室ソング唄いながら「この詞はアタシの気持〜。この曲アタシの歌だよぉ」と号泣する彼女を傍観する機会があり、そこで呆然とし、その晩を境に[恋は盲目状態]から完全に覚め、醒め、まさに一気に冷めました(ちなみに安室のSWEET19BLUES)。今で言うストーカーレベルの、素敵な素敵な片想いだったに関わらず、不思議なものですね、いつの間にやら綺麗サッパリ忘れてしまいました。再び、一人助平に就いて振り返りましょうか。今でこそ痴女モノにしか興味を示さない自分ですが十代前半の頃は、松坂季実子と偽Mr.マリックみたいな男(その名もMr.マリッコ)が絡むビデオ観てギンギンに盛り上がって舞い上がったり、林由美香がバックで突かれてる部屋に片想いの相手に入って来られてそのまま彼のカメラで撮影続行されてベソかいてるビデオ観てボーっとしたり、何か落ち込んだり・・・・してましたね。で、それ以来その林由美香というAV女優の事なんか忘れてまして、いつしか二十歳も過ぎ自分もAVみたいな濃厚セックスをする様になり、髪も伸びて髭も伸びて、それでも眉毛だけは全剃りを始め、始めた途端にビッチにすら相手されなくなり、中央線バンドマンとして、まぁノンベンダラリと生活してた中、おととしの暮れに某映画バーで林由美香を見た・・と言うか、会って喋ったんですよ、本人と。[たまもの]というピンク映画をその晩初めて観まして、それで主役(オシでは無いんだが全然喋らないスッピン女の役)を演じてる女優さんを見て、「あ、林由美香だ。好きな人の前で泣きながらセックスしてた人だ」と、思い出しました。そしたら上映後すぐ、本人がバーに現れたんです。色んな理由で自分はモジモジしてたんですが、店主に背中押されて紹介されました。おそらく、五分も喋ってないと思います。「所詮ピンクとタカをくくってたら凄く暗い映画で自分的にツボだった。良かった。由美香さん可愛かった」と伝えた後、ベタですが「十代の頃お世話になってました」と言ってみました(例のビデオの話はあえて伏せました)。そしたら抱きついてくれたんです。ひどく痩せてました。サービス精神のムードメイカー(常時周りにゃ明るく振る舞い、楽しませようと努め、自己を擦り減らし、人知れず消耗し、装いきれずに酒に逃げ、恋を重ねては痛みをごまかす)としてここまで生きて来た人なんだろうなと、肌で感じました。そしたらその何ヶ月か後に、彼女は死んでしまいました。可也のショックでした。ニュースで知ってバイト先で何日もションボリしてたら、メリーメリーマリーのVoが死んだ時に同じ様にグッタリ落ち込んでた友人が、慰めの声を掛けてくれました。自分はその後すぐさま、[Yのたまもの]という曲を書いて、(自分は本っ当飽きっぽい人間なんですが、何故かその曲は飽きずに)今でもバンドで演奏しています。林由美香さん、ありがとう。ご苦労様でした。おかげ様で、唄が出来ましたよ。
今週のおかず三品: RIOTS/PACK SHE DON'T KNOW WHY I'M HERE/LAST DECADES/JOY
DIVISION
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