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第二十七回 要らない国
「ヒトは皆、同じものだ」
この言葉の恐ろしさ・ひどさに、あなたはいつ頃気付きましたか?「何をしたって仕方無いのだ」と響く、この台詞。真剣な者に対しての「嘲笑」ともとれる。その想いが、その信仰が、その嫌悪が、その忍耐が、その道化が、その嘔吐が、一体何に成るのだね?と、笑うのだ。確かに、「特殊」なんてものを映す鏡は、何処にも無い。その鏡に代わるもの(判断を下すもの)、それはいわゆる「他人」でも無い。そんな鏡自体が、ハナから存在しないのだ。何故に自分だけ周りと同じ顔が出来無いのかと、べそをかく少女よ。何故に自分だけゴミ箱へと続く長蛇の列に加わる事が出来無いのかと、自虐を見せる少年よ。それが何故だか知りたいですか?答えの一つはこうだ。「お前が酔っ払って居るから」。赤くほてったそのザマを、油の汗でテカった面を、そしてあなたは自負して居る筈。そうに違いないのだ。けれども、「毒人間に制されながらブツブツ企ててはウダウダ並べて、昼夜を問わず机の上で悶えるばかり」なのは、さぞ悔しかろう、むず痒かろう。痒みが来てから焦った所で、そこに残された道は只一つ。掻け。そのままそのまま掻きむしれ。そのままそのまま繰り返せ。そのまま自慰して受け取るものは、とても短い、ほんの数秒の快楽。それによって、その最中だけでも忘れられる、煩わしい世界。忘れられれば良いんじゃないか。そんな世界でも未練タラタラ留まり続けながら、「それでも私は奴らと違う」なんて主張を譲らない自分、蓋を開ければ単なる役立たず・社会生活不適合者・まるで「脳ナシ」である自分、それら全部を、忘れてしまおう。たとえたった数秒でも、そうやって滅却してくれるマスターベイションの素晴らしさ。気付かぬままで居た方がずっと安楽だった、あの「神」の存在。染み込ませた知識のせいで、むしろ次々増えてしまった心の「結び目」、学問のサタン、その執着から逃れるのだ。決して現実からでは無く、その執着自体から、逃れるのだ。あなたも俺も。せえので。一瞬だが。一瞬だが。
いわゆる「可哀想ないじめられっ子」だけを集めて国を建てる、という様な空想をした事があります。誰も住んで居ない小さな島に、暗い子皆で逃げ込んで、躊躇無く遠慮無く萎縮無く、「武器」を組み立てる。奇形児・芋虫・カタツムリ・・といった類の「思い込み」や「囚われ」を我等に与えた怨敵を、我等が忘れる事は絶対に無い。意思とは裏腹に何度でも鮮明に浮かび上がる場面は、ぶざまな自分の「NG集」。その度アタマを横にブンブン振りながら、怨念込めて作業する。「武器」作りに没頭する。せっせと励んで、必死に願う。どうか、どうかケチョンケチョンにして下さい。武骨で愚鈍極まる「風潮が容認する正義」強制連中に、ひたすらに苦痛を!決して、決して、殺してはいけない。それじゃ「救い」になってしまう。それの代わりに、何色ものハンディキャップをあげる。貫通しない弾丸をあげる。小さいながらも多種多様な腫瘍をあげる。アイツにもアイツにもアイツにもアイツにも、あげたい。そう思っての「武器」作り。国の少年少女の毎日は、こうして暮れてゆく。あんなかなこんなかなと敵の悲鳴を想像しながら、製作は進む。それぞれが自分の勝手なスピードで、静かに、静かに。
と、ここで空想を更に進めて、こう思ったんです。そんな国だって、立派な徒党になりはしないか?そんな徒党なら、果たして良い徒党と言えるのか?徒党に良いも悪いも在るってのか?そんなもの在るってのか?志の一致など、徒党に有り得るのか?自己完結の酔いどれ少年少女らは、そんな国の中ですら、「敵」を探し始め、そしていとも容易く、それを見付けたりはしないか?国の皆は多分、会話らしい会話もしないだろう。それは決して耐えてるんじゃなくて、「空気を素早く察して、脳内の言葉を一文に変えて発し、その場に最もふさわしい雰囲気を構築せよ」という「背後からの圧迫」が(少なくともこの国に来る以前よりは)無いからであって、それゆえの日常的態度である。そうやってろくにコミュニケーションも取らず、空き地に設置されたブランコにでも揺られてるのだろう。この国では夕暮れになると何故か、ブランコに揺られて過ごす者が多かった。ブランコでゆっくり揺れる、そんなものだけで皆、薄く笑えた。本当は、その程度で笑える子供達(実年齢は関係無い)なのだ。何処でだって笑って居たいのだ。けれど、誰もが必ず飽き始める。必ず皆、苛立ち始める。安心のそのすぐ後、満足の一歩手前で、かぎつける。絶対に見付けてしまう。何を?「敵」をだ。
人は皆、在りもしない幻が嫌いだ。形にならない唸りが嫌いだ。出来もしない設計図が嫌いだ。他人の自慰・他人の陶酔が、鼻につく。他人だからだ。邪魔だからだ。自分の自慰・自分の陶酔を、どうせ他人は邪魔するからだ。他人が居なければ、自分の幻は不死身だ。幻などとは呼ばせない。自分一人居れば、自分一人ちゃんと在れば、それだけで不死身だ。空想の国なんか要らない。そんな国の中で安心して暮らしてる限り、皆、同じだ。皆、ボンヤリだ。誰も特別じゃないよ。特別なんて無いよ。それじゃひどいよ。それじゃむごいよ。あんまりだ。皆が皆、可哀想だ。誰も彼もあの娘も俺も皆可哀想で、それで仕方無いのか?それで、もういいのか。良かない。ちっとも良かない。だからこそ、敵視せよ。そこかしこで紛れ込んでる奴を具体的にあぶり出し、宣戦布告せよ。阿呆面して順応なんか、絶対にしなくていい。あえて極論を言えば、自分の想いだけ愛せばいい。それ以外は憎んでいい。その敵こそ「皆同じ」だ。だって名前も同じじゃないか。はっきり解ってる。その敵の名は「退屈」だ。自分が不死身で居る為に、あの憎き「退屈」と戦え。
今週のおかず三品: SUMMER'S
ALMOST GONE/DOORS HANDY(但し、ドラムソロの終わりの所まで)/WISHBONE
ASH PHOENIX/WISHBONE ASH
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