第三十六回 この辺で、もう一段階嫌われます

俺が常日頃、口を酸っぱくして「否」を突き付けてる対象は、別に個人では無いんですよ。名指しの場合は「そいつ」個人に他ありませんが、名指しじゃない場合、「もしも、そういう腹積もりをコソコソとさせてるのなら、そいつら全員」・・そういう「大勢」に向けてます。こんな俺のそんな「やけっぱちの不信表明」に、誰かがチクチクと思い当たったなら、そしたらその人は(自らの内に覚えがあった.自責の念が転がってたって事なんだから)自省したらいいとは思います。悔いてみて、「勉強」してみたらいいとは思います。逆に、「自分は絶対に違う」と心底弁解出来るなら、ならばそれは、あなたじゃないですよ多分。胸張って言って下さい。「自分は違う」と。俺みたいに。胸張って続けて下さい。その「違い」の証明を。俺みたいに。そして、伝わればいいですね。「それ」が。自分が尊敬出来る相手にだけは、支持出来る相手にだけは、伝わればいいですね。そうやって「認め合い」が出来たら、それが一番嬉しいですね。そういうものこそ、生きる糧になりますね。けれど憎む事や、敵をシッカリ確定して戦う事だって、立派な糧になるんですよ。証になるんですよ。そりゃ無謀な戦いですよ。非力な自分を自覚しての戦いですよ。それはそれは無茶な振る舞いですよ。だだをこねてるだけとも言えますよ。現世で当然の様に「良しとされてる大勢」に抗う、下から上を向いての唾棄行為ですよ。面白くしようとも意識しますよ。面白い方が良いに決まってるんだから。そんなだから、見様によっちゃ道化かも知れんですよ。小便臭いと鼻で笑われるのが常ですよ。勉強が明らかにまだまだ足りてませんから、もっと勉強して、もっと色々な傷付け方を勉強して、何人も傷付けて、それが自分に跳ね返って、もっと色々、恥をかいてみたいですよ。情けないとは(以前程は)思いませんけど、やっぱり未だ俺は何かと足りてませんから、みすぼらしいっちゃみすぼらしい日々ですよ。戦いと言うか、にきびですよ。俺の全部が、吹き出物ですよ。けどね、それを断固支持すると言ってくれてね、尚且同じ戦場でのたうち回ってくれている男や女、バンドマンも居るんですよ。姿形や声色や戦法はそれぞれ違えど、同じ武器弾薬をしっかと握り締め、自主独立を志して自分だけの為に突撃中の「元いじめられっこ」達が、俺と握手を交わしてくれるんですよ。その握手の機会が、少しずつですが確実に増えて来てるんですよ。本当に有り難い。本当に嬉しい。こういう気持を、何か気取り腐ったもので隠蔽するなんて、それこそしてはならぬ事と思い、ここで声を大にするのです。友達になってくれて、本当にありがとうね。友達探しや恋人探しとは対極にある活動を重ねる中で、それでもそこで生まれた友達や恋人は、それは、それこそ、「大事な人間」「重要な人間」ではないでしょうか。とか思ったりして、そのままそう言っちゃったりする、こういう所も、俺が嫌われ者・鼻つまみ者・笑われ者たる所以の、数ある内の大きな一つでしょうね。奇をてらうだけなんて簡単なのに、ポーズだけで遊ぶなんてつまらないのに、そういう猿どもより俺は敬遠されています。ダラダラ生きてる動物より、我々は軽視されています。ここで今「我々」と言ったのは、俺には何人も仲間が居るんだから決して孤独ではないからです。「弧高の存在」なんて言葉は随分とおかしな言葉で、そういうものにも不信があります。在りもしないんだよ。そんなもんは。

さあ、もっと勉強して、もっと悪い事を沢山しよう。それでもっと嫌われて、嫌われた先でもっと面白いものを手に入れよう。大事なものをもっと増やそう。そして突然失ったりして、そこでまた遊ぶんです。真面目に遊び続ければ、正気のままで居られます。正気のままで、いずれ死ねます。色々色々手を出して、首を突っ込みケツ出して、ケツを突っ込み首出して、やってやって、やってやってやってやりまくる。探して見付けて壊して作る。試して犯して向かいます。駄目になったら止まります。自分でちゃんと止まります。まだまだ全然駄目じゃないので、とりあえず更に勉強です。嫌われて勉強、好かれて勉強、憎んで勉強、恋して勉強、後悔して後悔して、極悪人になります。敵を泣かす為に。踏みにじる為に。自身だけでも納得出来る、極悪人になります。これなら、いけます。俺はいけます。

今週のおかず三品:
暗い日曜日/APRYL FOOL
COME AS YOU ARE(アンプラグドのやつ)/NIRVANA
ワカンナイ/井上陽水

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