第四十回 アンチテーゼは戻れない

何か月か前にこの場で予告した通り、とうとう、アルバイトをクビになる。この期に及んで陰謀論になりますが・・・・・・や、もういいや。もう本当うんざりだ。年も明けた事で、丁度キリもいい。これにて晴れて、無技能・無免許・無資格の、紛れもない無職と化すのだ。運が無いんだ。くだらない。ざまぁない。さあ、こんな事くっちゃべってる場合じゃない。自分は若くは無いのである。身も心も、既に軽く中年である。中学生のまま、中学生として、中年である。だがここで救いなのは、独り身であるという事だろう。のたれ死ぬのは俺一人、家庭も家族も無く、周りの誰も苦しまず、誰を道連れにしてしまう事も無い。いや、だがしかし、しかしながら今は、自分の「部屋」を持っているのだ。折角こさえた、憩いの巣があるのだ。今しばらくは、しがみつきたい。大事な大事なヒトトキなのだ。この執着ある限り、世捨て人なんかにゃなれない。更に自分はまだ、バンドで歌手を続けたいと思っている。まだ、である。まだ、山に引っ込んたりする訳にはいかない。ガード下でも眠れない。さぁて、どうする?俺。

俺の知ってる破滅的で「ダメかっこいい」男は、その身に根付いた「下降志向」の勢いに乗って、失業保険や退職金の全額を一気に浪費すべく、覚えたての風俗に通ってヌキ明かしたりする。それもまた、その男の持つ「余裕」である。「余裕」のある男は、誰が見ても魅力があるだろうから、そりゃ女の方から遊んでみたくもなるだろう。いわゆる「もてる」男とは、多少フワフワしていても良い、精神的余裕のある男なのだ。と、俺はその事を何年も前から知っている。知らされた。学んだのだ。そして今の自分には、その余裕すら無い訳である。「どうとでもなれ。まァ、どうにかなるだろうよ」などとキラキラ目で天然自然児気取った口ぶりは、絶対に出来ない。「拙者は流浪人、また流れるでござる」などと、冗談を言ってどうにかなる状態でも無い。自分はたとえ「フリ」でも、楽観視が苦手である。例えば・・・・・・、「核兵器はゴミだ。撤廃!撤廃!」などと声を揃えて肩なんか組んじゃって、その核兵器を保有してる国々の親玉と言わんばかりに威張り放題・脅し倒して汚染しまくってる侵略大国(インディアン虐殺の昔からずっと変わらない)の言葉で、ウォーイズオーヴァーだジョニービーグッドだラブでピースでロックンロールだと毎年毎年飽きもせず進歩一つ無く、脳天気にペリーかぶれ万歳の焼き直し大合唱してる、どう考えても現実逃避でしかない「反戦平和市民団体」(或いは、退屈しのぎに「運動という行為」自体に酔っ払ってるだけのラリパッパヒッピー)じみた、まるで建設的じゃない「本末転倒,ザ・親米ロックフェス」みたいな、くっだらない馬鹿騒ぎ祭には、どうしてたって出れないのである。幾ら金貰っても出たくないのである。幾ら名が売れようが、嫌なのである。無邪気にはしゃぐだけのロックンロールが、思考停止が、たまらなく嫌なのである。

快楽主義のナンパな反日ヤクザ(60年代が生んだ売国奴)の徒党及び取り巻き連中に、拉致されて殺されるのを覚悟で言うが(俺が消息不明の行方知れずになったら、犯人は奴らである。図星を突かれマトモに反論も出来ない知恵遅れが悔し紛れに、今まで何度もそうしてきた様に、金と腕力だけでマッチョニズムを強行する、全くスジの通っていない「東京裁判的圧力」である)、本当ああいうのは虫酸が走る。アートだメッセージだリスペクトだ何だと、結局はオシャレとハッパ交尾に夢中なだけのチャラい連中が、何十人集まって何百回(愛だ平和だ世界は一つだと念仏の様に)セールス文句を繰り返したって、何も変わらない。何故ならそれはセールストークでしかないのだから。そんなのは「具体的行動」ではない。世界も人も、何一つ変わらない。音楽なんてもので世界は変わらない。少なくとも、あんな連中が集って「昔話に花咲かしてるだけ」みたいなロックンロールじゃ変えられない。あれはアジテイトではない。あれは芸術活動ではない。革命運動ではない。表現ですらない。懐古主義者のボンボンの「今年もやっぱり白人が好きっ!」新年会、「西洋かぶれっぱなし」パーティである。どんなお題目を掲げていようが、掲げてるだけでドンチャンやってるだけなんだから、只のパーティなんだから、いつまでも現実逃避である。田舎の体育教師みたいな口調のトレンドラップロッカー達でも誰でも、簡単に「安い同志」になれる。簡単な現実逃避である。どこかで聞いた様なコピーソングの隠蔽商売。本当にそれがロックンロールだとするならば、俺はもう完全に「反ロックンロール側」だ。ヤンキー中年の公開同窓会にも似た、くだらない祭。もし、もしもあのステージに、琴桃川凛が颯爽と出て来て「京都議定書離脱クリスマス(ラマダンクリスマス)」「世界中 亜米利加」をあのジャケのまんまの姿で演って(皮肉の一つや二つ残してプイっとハケる)くれる様な事があったら、個人的に俺は感涙、主催者サイドに強いシンパシーを感じるだろうし、企画意図に納得と賛同も出来よう。しかし、そんな事は有り得ない。俺は、あのオノヨーコという婆サンが昔から嫌いだ。あの婆サンや婆さんのフォロワー(居るのか?そんな人間)やソーホーかぶれ男女を筆頭に、自称「芸術家」というイカサマ商人どもが大嫌いだ。奴らの様な人種のおかげで、「芸術」という言葉まで嫌いになった。何の才能も無い(と俺は思う。よく知らんけど)「レノンの嫁」が注目され続けるには、食って行く為には、レノンの名前と曲を使って、ヒッピーくずれ及びジョンレノン狂信者(山田玲司みたいな気持ち悪い知的障害中年達の意)相手に商売して生きて行くしか無い。他に何も出来んのだから。きっとその事もしっかり自覚してるんだから。全部、商売である。おお嫌だ。日本の文化伝統習俗、そういう日本だけの独自の価値を守る事を第一に考えた場合、奴らのあれは、日本人としてあるまじき「処世術」である。脳ミソあるなら、日本人なら、自分の国の事「だけ」考えて戦略的判断・行動すべきだ(名もあり金もあり力もある大人なら尚更だ)。レイプ待ち丸腰奴隷国家でも、所詮は黄色い猿だと常に腹ん中で見下されていても、まぁ日々ハッパやって酒呑んでユルマン女どもとロックにダラダラ暮らして行ければ構わない、ってか?ならば出て行け!もう日本語も一切喋るな!ゴミ中年、ゴミ老人、ゴミヤング、無駄人間め。

案の定、話が横道にそれたが、兎に角、俺は漫画喫茶の従業員を辞める。何の未練も無い。潰れちまえばいい。あんなシケた店は。また一つ、おさらばだ。おさらばだ。

今週のおかず五品:
あてのない一日/中山ラビ
ねえ!やめてごらん/中山ラビ
春の日の夕暮/友川かずき
六月の雨/友川かずき
胸さわぎスカーレット(のPV)/Berryz工房

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