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第四十四回 決してあなたのプライドを傷つけるものではありません
読んで知ったら、安心するといい。この男は、せっせと恥をかいているのである。それをひたすら重ねているだけだ。恥の上塗りに「やり過ぎ」は無い筈だ。喋れと言われたならいつでも、何でもゲロしてみせよう。いつでもどこでも、何でも、だ。敵ばかりが増える(に違いない)言動に、躊躇はありません。遠慮もしません。自身の「最後」への覚悟だけです。「終始一貫」を示すだけです。結局は、笑ってもらいたいんです。チョンボしたらすぐ「チョンボしましたー!」と叫びますよ。やるせなくなったら人前でも気取らず、地団駄を踏みますよ(簡単な様だが、じゃあカッコつけてるだけのアンタにはそれが出来てるのか?)。それ見て笑ってくれるのが、可愛い女の人や面白い男の人だったら、嬉しいじゃないですか。パーティフリークではありませんが、これ見よがしな刃でもありませんよ。陶酔も出来ませんよ。宗教も作れませんよ。芸術にゃなれませんよ。何の病気でも常習でも無い、我々は愉しい人間ですよ。「暇潰し」だけを、色々な手でしたいですよ。しますよ。告げますよ。「試し」にやりますよ。「試し」だからね、そりゃ嫌われますよ。狙いを定めてないんだから。あ、狙いだったらあるか。「敵より愉しく充実した遊びをする事」「敵に何度でも不快を与える事」。この二つを、私は復讐と称する。なんちゃって。
例えば、犬は好きである。猫は嫌いである。自分は猫アレルギーで、猫や猫と毎日ゴロゴロフニャフニャ暮らしてる人間の近くに居るだけで、目鼻が痒くなり赤くなり、くしゃみ鼻水は止まらない。小学校の頃からだ。その頃の「猫と一緒に写っている写真」には一枚の例外も無く、両目の真っ赤な自分がチョコンと座っている。冷静に考えて果たして何の為にそこで一枚ハイポーズパシャリ!とやったのか、完全に嫌がらせの記録である。 今でこそ自分は髭モジャ毛ムクジャラで、尚且つゲイバー常連客の様な髪型(きたがわ翔お得意のライン)で、舞台の上でも布団の上でも唾液・脂汗をここぞとばかりに垂れ流し、女性蔑視(ともとれる)発言ばかり繰り返し投げっ放しては、紳士淑女サブカルっ子ビジュ男バンギャルにまで眉をひそめられる存在になってしまった訳ですが、当時(小学校低学年〜13歳位まで)の自分はと言えば、断っておくがコレは作り話のデマカセでは無く本当の本当に、実は「女の子になりたい男の子」だった訳で。だからこそ志村貴子の「放浪息子」を愛読してしまっている28歳の怒三流バンドマン(但し、その怒りの骨肉及び深さだけなら自信あります)な訳で。実際、声変わりも遅く(いつまでも女の子みたいな高い声で歌のテストの度に赤面し続けるもんだと思っていた)小柄で華奢で色白肌に天然茶髪の坊っちゃん頭だった風貌もさる事ながら、いつもニコニコ穏やかで、口は達者ながら明るく柔らかく、女友達と交換日記をしたり互いの家を行き来したり四コマ漫画を描いて見せたり物真似歌真似をしたり(当時コロッケ筆頭の「ものまね四天王」が流行っていた)で、スポーツというものに一種目も馴染めぬまま(野球の試合に至っては未だに一試合もした事が無い。父親とキャッチボールすらやらなかった)それでも別にナヨナヨするでもなく、野菜をまるで食べれなかった割には健やかに可愛らしく(記録癖の親戚のおかげで写真は腐る程あるが、幼女好きの自分自身が今俯瞰で見ても「女の子っぽさ」を感じる上、「この寝顔とか本当に可愛いんじゃねえのかオイ」とか思ったりするので、ここまで言える)育ち、女の子の性質・資質(腕力や体力やデカい声の汚い言葉でブッキラボーに押しまくる男子とは真逆)まで確実に備えていた為に、事実色んな意味で「女の子みたいな」少年でした(百パーそれが原因で、転校先で出来たばかりの男友達と放課後そいつんちで遊人漫画読んでたら、いきなり押し倒されて抱き締められたり軽ーくしゃぶられたりサランラップ越しにしゃぶる事を遊び感覚で強制されたり等、2・3人から被害ありましたが、モロ思春期にそんな事をシッカリ体験した割には男性恐怖の「トラウマ」とやらには一切発展しておらず、こうやってぬけぬけと告白すら出来てしまう今のヒョウヒョウとした自分・・・・・・その話は別の機会にまたゲ ロします)。 当然の如く女の子ばかりと仲良くしていたので、接吻等のエロい事一切した事も無いし下心すら無い(自分は彼女達に、男としてではなく完全に「同性の友達」として扱われていたので、そういう風に学校で戯れ、共に下校し、放課後もまた定期的に集まって遊び、その雰囲気に対して自分も何の不満も悶悶も疑いも持たず、そうやって日々付き合い、遊んでいました)にも関わらず、貧乏臭く日焼けしたガキ大将やモテなさそうな半ツッパリ上級生達に「女ったらし」と因縁をつけられ、冷やかされる事も何度もありました。いじめられても絡まれても、けれど憎悪は湧かなかった様な気がします。只、悲しいだけだった様な気がします。しんみりメソメソしていて、そうしていると、誰か友達がいつでも優しくしてくれた様な気がします。自分自身普段から皆に優しく、穏やかに接する少年だったからだろうと、あらためて思います。 猫も、「犬に比べたらそんなに好きじゃない」程度でした。「抱いた後に服にいっぱい毛がついてて、ガムテープ丸めて叩いて取るのが何か面倒臭いなぁ」程度でした。だから、アレルギー持ちにも関わらずカメラ前で膝に乗せたり撫でたり出来てたのです。 今は、今は「大嫌い」です。ドンライクではありません。ヘイトです。アレルギーとは無関係に、強めなヘイトです。よく道端に居るじゃないですか。暇こいてるジジババに餌貰ってる汚い猫が。人が通るとね、「あらアラ、アタシたちの事が好きで好きでたまらない人間がまた来たわぁ。ほーら、触りたいんでしょ?気まぐれなあたしたちのご機嫌を伺いたいんでしょぉ?しょうがないわねぇ、いいわよぉ?触れば?触らせてあげるわよ。ほーら・・・・」って態度で、仰向けにゴロンと腹を見せたりしますよね。お生憎様、自分は触りませんからね!絶対。そういう猫に遭遇する度(そういう猫以外に何かこっちにガンたれてる普通の猫に対してでも)毎回、オーバーアクションで蹴る真似して追い払いますよ。でもそうやったって、猫って遠ーくまでは逃げないじゃないですか。とりあえず怖いと思って警戒して走り出して、で、ほんの少ーし離れた場所からまたこっちジーッと見て様子だか何だかを伺ってるじゃないですか。犬は、とりあえず同じ様に「何だコイツ敵か!誰だ!何だオマエ!何か怖い!」って気持になった時、ちゃんと吠えかかって来るじゃないですか。紐で主人や家と繋がれてるとしても、頑張って声出して立ち向かおうとするじゃないですか。「弱い犬程よく吠える」って?吠えないよりマシだよ!とりあえず逃げるだけ逃げて顔見える所からチラチラ様子見てる様な腰抜け(娯楽の少ない田舎の野次馬に似てる)より、その場で反射的にでも勇み立つだけマシだ。「何だ?コノヤロウ!」をちゃんと示せるだけ、百倍マシだ。猫は無いじゃないか。びびってるだけじゃないか。そのくせ、「つかまらないわよ。気ままなのがアタシよ。可愛がられて当然よ」ってスタイルをプログラミングされてる動物。その生まれつきのプログラム以外の小さい脳の中でも、あいつら絶対なめてますよ。人間皆なめられてますよ。 まず、自分は猫そのものよりも猫を溺愛してる連中が嫌いで、嫌いと言うか薄ら寒いと言うか、気持悪いと言うか本当マゾだなーとか思いますよ。奴ら、自分自身より猫を「上」に位置づけてるじゃないですか。まず猫があって、その次に自分っていう。そういうのとか、本当気違いじゃなかろうかと。色ボケなんですよ、要するに。寂しいだけなんだろうからね。隣人の代わりに、隣人に恵まれないばっかりに、ベタベタベッタリしたいけど出来ないから、そういう「温み」欲しさに、「温み」求めて、丁度良い愛玩相手として猫にすがってるんだろう、と、思ってしまう。ズルイよ、そういうのは。ヌルイよ、そういう奴らは。安直で逃げ好きな甘えんぼだよ。そういう猫狂い人種と、「異性と付き合う度にその相手が人生の全てになり、相手色に必ず見事にバキっと染まり、その色も別れる度に恋人次第でコロコロ即座に変わる」みたいな色情狂い人種は、可也の割合でかぶってる気がします。依存という流され方。狂い方。「狂う」というのが「自分を見失う・普段の思考が出来なくなる」という事だとしたら、自分は狂った事など今まで一度も無いし、今後も狂いたくない。元々、「何が起きても不思議じゃない」と常日頃思って生きてるし、「自分の所有物なんか自分自身以外に何も無い。今現在自分の周りにあるものの内どれ(或いは全部)がいつ突然消えても全然おかしくないし、むしろ当然だろう」という考えもずっと、正確に言えば二十歳過ぎ位からあるので、恋人や友達への執着・所有欲は自分は極めて薄いし(敵性人種に対してだけはご存知の通りネチネチと執念深い男なんですが)、独占欲にいたっては皆無である。したがって、貧困な精神の男女間に在ると煩わしい問題に繋がる「嫉妬」という感情も、自分には理解し難いものなのです。そりゃ心離れや心変わりは悲しい。深ーく、悲しい。だから悲しくはなるが、それ以上それ以外の心持ちは一切無い。追うも追わないも堪えるも無い。悲しさを味わい、味わって味わって、それまでである。ドアーズのセカンド聴きながら酒呑んで煙草吸って、いつもと同じ様にピンクのアクトレスでオナれば、それで済む話だ。皆は違うのだろうか。
別にこんな事を話すつもりでは決して無かったんですが、気分任せのなりゆき上、致し方無い。それに加えて現在の状況をゲロすれば、今もの凄く「歯が痛い」のである。奥歯がシクシク痛むのである。文章にまとまりが無いのは、きっとそのせいである(別に毎回今までの文章が全てまとまってるとも思っちゃいないが)。 兎に角!自分は猫が嫌いで、猫のフォルム(姿・形)だけを愛らしく思う人達ならまだしも、あんな生き物に精神性込み込みで「存在自体」にドップリ傾倒・依存・溺愛してる奴らに寒気がするという、只それだけの苛立ちである。大体、猫と言えば日本に限らず古くはエドガーアランポーの昔から、いわゆる「人を恨み呪い殺す化け猫」みたいなイメージが強いが(それこそ猫好きな人程こんな事いちいち言わんでも解ってくれると思うんだが)、猫なんぞにそんな怨念パワーねえよ絶対。だって人間に対してそんな執着無いじゃないか、猫って。でしょう?と言うか人間にあんまり興味無いじゃん。犬みたいに「人それぞれを観察・判断・思考・態度選択・感情表現」しないじゃん。そういう感覚と言うか脳ミソと言うか、そもそもそういうに出来てねえだろ?猫は。だからしやしないよ、化けて出るなんて。完全になめてかかっていい(向こうからも完全になめられてるしな)。だから、今日も憎しみをぶつけてやる。と言っても、虐待してやりたい程に自分をコケにする猫に会った事が無いので、追い掛け回したりはしません。でも基本的に、猫は嫌い。感覚的に、何だか可愛がれない。あえて好みを言うなら、顔面が潰されたみたいにペチャっててコロコロフワフワしてる品種は少し、少しだけだけど、可愛いかなーとか思う。加藤あいみたいに逆三角形に顎トガってるポピュラーなやつは、見てるだけで嫌。
今週のおかず五品: 雨の日
晴れの日/米光美保(東京パフォーマンスドール) 梅雨入り/タイムスリップ 勇み立て/夢遊病 東京エキゾチカ/原宿ジェンヌ(東京パフォーマンスドール) 天使のらくがき/櫃割加奈子(TPD
DASH!!)
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