第四十五回 無能の人VSそれ以下の人シンパ

性欲が弱くなったのでしょうか。はけ口が、高揚の対象が、バンド以外に要らなくなったのでしょうか。
街で幼女と擦れ違い、二度見して「良いなぁ可愛いなぁ憎いなぁ」と思い、親しくなった新しい友達とお茶を飲み、しみじみ相手を眺めてお喋りして「面白いなぁ素敵な人だなぁ」と思い、そして、そこまでなんです。ムラムラの企みが、以前の様に湧きません。失敬でイヤラシイ胸の内が、まるでありません。
グラビアの女達を見ても、大した妄想が出来無くなってしまいました。と言うか、「ヤリてえ〜!たまんね〜!」が無いのです。「可愛いねえ〜」「白いねえ〜」「童顔だね〜」「邪悪だね〜」「口角上がってるね〜」「八重歯や前歯が過剰にヤンチャだから唇に表情が出るんだね〜」「うわ〜、そんな顔も出来ちゃうんだね〜、イヨッ!悪い女!」程度です。
只、「素晴らしい」と。も少し正確に言うと、「口づけしたい素晴らしさだ」と。それに加えて「頑張って!」「負けんなよ!」の思いが強いです。「今まで色々つらかったろうし、これからも色々つらいだろうけど、へこたれるなよ」と。何なんでしょう、これは。
オナりはするんです。素材はワンサカ増えてます。ゆえに様々な選択が可能です。でも、間違い無く回数が減っています。他にやる事があったり眠かったりで、いつの間にか日が終わっていて、それがどんどん過ぎてゆきます。
善い兆候なのか悪い兆候なのか、自分には解りません。だって実害が無いんですから。別に不具合が無いんですから。まさしく、「どうもこうも無い」んですから。
相変わらず、人のエロ話は凄く好きで事細かに聞いてしまうし、お返しに自分の過去の僅かで拙い官能的体験談を(自分の痴女傾倒を進行させた幾人かのズベ公話を誇張無く且つロマンチックに)披露して、相手を興奮させてあげるのも好きです。そんな気持は未だあるのですが、その官能的体験を「もっともっと」と渇望して、増やす為に狙う様な、そんなアクションに向かう事は無いんです。
以前がガツガツしていたかと言うと、そんな事も無いと思うんです。求められ応えるか、偶然出来た(出来過ぎた)雰囲気にのまれるか、そのどちらか・・・・いや、正直に正確に掘り起こせば、まさぐり合いの為だけに実弟のアパートを許可無く公衆便所代わりに使用(中野駅と高円寺駅の見事中間に位置しているので、その周辺を縄張りとする葉蔵には好都合)・・・・つまり、そこへ彼の留守中に合鍵で、本人の了承を得ぬままに、おあつらえ向きの女性を何人も誘導(例えば、風呂場で蛙座りさせてパイパンにしてイエーイ!をしたとしても、証拠隠滅の感覚が一切無い為に、その処理したズベ毛を排水口に詰まらせっぱなしで悪びれずに帰ったり)した事も、その為の交遊をした事も、事実ありました。
ありましたが、それにしてもまぁ可愛いものだったと、自分では思うのです。振り返れば(随分と遠い昔の事の様に思えますし、実際、最早遠い日々の話なんですが)、極めて健康な「欲しがり」だったと。
その「欲しがり」っぷりが、確実に薄れて来ているんです。これは、何かを狙った嘘偽りのポーズではありません(そんなアピールをした所で何の意味も無い)。本当なんです。そして、その代わりなのか、「苛苛」が日に日に増えてゆきます。それは「大きなクエスチョンマーク」では無く、中くらいの、しかし無数の、「アオスジマーク」なのでした。だから自分はこんなパンクバンドを、こんなやり方で、続ける事になるのです。

話がまるで繋がってない気もしますが、自分は整髪料というものが嫌いです。もう何年も、何もつけません。香水同様、大の男には必要無いものだと思っています。ペタペタペタペタ、何て邪魔臭い。何てみすぼらしい。
短髪をわざとボサボサにして「ルーズでダーティな男」を気取っている若者を見る度(そんな若者に惚れ惚れして「気取らせて」しまっている、隣で寄り添う思慮浅ボケ女を見ても)、今でもいちいちちゃんと呆れます。油でベッタリ撫でつけている中年を見る度、「見栄張ってないで剃っちまえばいいのに・・・・」と、哀れに思います。
何する事も無いじゃないか。そのままにしてればいいじゃないか。風に吹かれりゃ立ち上がり、雨に降られりゃシットリ湿る。飽きたら伸ばして、邪魔なら切る。年とるにつれ、薄くなる。それでいいじゃないか。それこそが「無造作ヘア」じゃないか。図体デカイ男が何十分も鏡と睨めっこしてチマチマチマチマ、指でひねって散らして乱して、モテたさゆえに健気に「不良っぽく」、一所懸命せっせと油塗ってこさえたものが、「無造作」な訳なかろうて。笑わせんなよ猿人間ども。
ソフトモヒカンだのウルフモヒカンだの、真ん中に寄せ集めるのがそんなにカッコイイかね?後ろ髪長いのがそんなにワルそうかね?小学校の時クラスに一人は必ず居た、センスの悪い馬鹿一家の息子の「ボクサーみたいな襟足アピールカット」を見て、陰口叩いて嘲笑った事は無かったか?あったろう。つまり鵜呑みなんだよ、今の若者は皆。流行れば、皆がやれば、落ち着いて考えりゃ糞ダセエものも、考えねえんだからカッコイイものに変わっちまうんだな。
連中は一体どうなりたいのか。何を目指してかっこつけるか。誰に憧れ真似をするか。そう、奴らは「なりたがって」いるだけだ。恥ずかしい自分自身を捨てたがっているだけだ。隠して、真似で装う「ずるさ」。それで済まそうとする「せこさ」。
自分以外にゃなれやしないのに、自分以外になりたがるから、誰かとよく似た乞食になる。同じフリした乞食が増える。皆、同じ髪型。皆、同じ話し方。皆、同じ踊り方。同じ趣向。同じ見栄。同じ帰依。同じ怠惰。同じ処世。同じ放棄。同じ逃避。同じパーティ。
俺も俺以外には、どうしたってなれないんだよ。自分以外にゃ、絶対になれないんだよ。誰かさんを教祖として、死ぬ程憧れちゃってメクラメッポウ目指しちゃって、なりたがってなりたがって似た様な事してる奴らが、パンクバンドである訳が無いだろうよ。昔からヤンキーサークルん中でモテてた武骨な男前が、更に男前な表情わざとらしく作って、皆が繰り返して歌にしてる様な「お決まり不良フレーズ」をマニュアルに沿って、トゲトゲファッションのついでに拳上げて英詞混じりにオイオイわめいてるだけじゃ、それがパンクになる事は永遠に無い筈だ。絶対に、連中はパンクなんかじゃない。
最近よく(初期パンの時代からかも知れないが)ムヤミヤタラに「サムライ」という言葉を使う、テキトーなバンドやラッパーやテレビ番組やファッション誌が目につくが、寝言は寝てからにしてもらおう。何がサムライだ。サムライがニューヨークスタイルに習うか?サムライが黒人に憧れるか?サムライがハッパ吸うか?サムライが嫉妬と化粧しか能の無いガバガバ馬鹿女なんか連れるかよ?
たかが「恋愛ジャンキー」に、偉そうにされたくないのである。CDジャケットやロゴに日の丸なんぞをあしらった所で、基本がハッパでピースなんだから、そんなバンドもバンドマンも「現実逃避」である。したがって、どう考えても日の丸とは程遠い。テキトーな右傾。広告に偽り在り。ジャロに電話したら取り合ってくれるだろうか。

戦ってから威張れよ。なあ?戦争中の証を見せてみろ。どこぞのサイケ馬鹿中年におだてられていい気になる前に、まず、いい女連れてから威張れや。ノンポリシーのラリパッパつけ睫毛女に囲まれて満足か?そんなサロンがキサマの念願か?思考停止がヘヴィロックか?現実逃避がブルーズか?
わきまえろファッションロッカー。核無しホストバンド。唄の書けない演奏屋。再現止まりの雰囲気屋。日の丸よりもペリーの肖像画が似合う糞チャラヒッピー気取りに、魅力など皆無だ。「60年代型売国奴(親のスネかじったまま闘争気取って実際は思考停止で非建設的)のフリ真似」が、どれだけ馬鹿馬鹿しい事か、いつまでも気付かない大間抜け。キサマらのそのコピーの根底に在る「モテたいアピール」と「とにかくセックスがしたいだけ」の欲望を、我々中学生棺桶は心底侮蔑する。クスリや自傷やスケコマシや思考停止が、ロックでクールに感じるならば、日の丸の下でいっそ派手に腹を切れ!見栄っぱり乞食め。悲劇ミーハーめ。ハッパ吸ってビール呑んで価値相対なんて、出来てたまるかボケ。一生勘違いしてろ。死ぬまで死んでろ。

こっちはパンクスだ。あからさまな敵意が武器だ。真面目な「アンチ」が武器だ。流行至上の世間様の敵だ。厭世だが、あくまでも「挑戦的厭世」の、不信と憤怒の唄うたいだ。あくまでも真剣な、悪ふざけだ。独立指向の、暇潰しだ。ポーズを排除し、大笑いだ。自虐をやめて、精神攻撃だ。
寄るな。触るな。豚と猿とペリー野郎は、話しかけるな。お前らは面白くない。お前らはつまらない。外も中身もくだらない。猫に甘える様に、ガレージロックに甘えるな。ファッションやストリート性にすがるな。我々には技術は無いが覚悟がある。生涯無所属の覚悟で、断絶表明の唄を吐き、しつこくリフを重ねる。我々は甘えない。我々は狂わない。

今週のおかず五品:
ワープ・ボーイ/アニメ「らんぽう」主題歌で、多分らんぽう役の坂本千夏が歌ってると思う
PSYCHIATRIC SERGEANT/JADE WARRIOR
サヨナラ・ハーバーライト/安西マリア
勝手にサンバ/西田未来
DIES IRAE/FORMULA3

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