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第五十七回 何も出来ない・起こらない夏を、毎年思い出す
今だって同じ喋り方で、全く同じ事に反応して盛り上がってはゲラゲラ笑い、何かもが本質的には全く変わっておらず、はっきり言えば性的嗜好すら「中学生のまま」の筈なのに、今年もこうしてまたフト思い出してみれば、「懐かしい」としか言い様が無い位、時間が経ってしまっている。
中二の時も中三の時も、クラスには「表のマドンナ」と「裏のマドンナ」が居た。「白マドンナ」「黒マドンナ」と呼んだ方が分かり易いか。必ず二人、マドンナは二種類ちゃんと居た。クラスの童貞男子全員がそう思っていたかは分からない。が、俺にはそう見えていたし、俺の周りの何人かは確実に彼女らを「その様に」識別して、子供だが子供なりにジワジワコソコソ間合いをとっていたのだった。俺はそういう空気の中に毎日居て、決していたたまれなくなる事無く、周りの皆と同じ様に、コソコソ恋してウダウダしていたのだ(※但し中学までの話である。以前このコラムでも何度か話した筈だが、高校に上がっても中学生のままだった俺は、次々と豹変してゆく同級生達が周りで展開する必死にスカしたモテたがりのチャラエイプライフについて行けず、家でドアーズやら何やらを聴いてるだけの不登校少年になった)。 「白いマドンナ」と「黒いマドンナ」。 前者は成績優秀,運動神経も抜群(部活で県大会へ),学級委員も生徒会役員もやる,育ちの良さが伺える言葉遣い(下ネタはNG),授業中だけ眼鏡,色白,遊びも一切知らぬまま前へ前へ張ったデカい胸,見るからに高嶺の花。卑屈な男子は遠くから、頭ん中でだけ触れる。頭ん中でだけ汚す。或いはそこでも汚せない。白くてキレイだから、情けないチビの劣等生の自分に比べてとてもキレイな気がするから、本気で思い詰めて大事に、馬鹿みたいに大事に神棚に上げ汚さず、遠くでずっとドキドキしてるだけの男子も、そりゃ居ただろう(俺はバンバン汚してましたが)。会話の機会など滅多に無い。事務的にでもごくたまに喋れれば、モテない男子にも差別や警戒無く普通に(しかし!あくまでも「普通に」だ)穏やかに接してくれる「優等生な彼女」に、赤面!脂汗!そんでもって更に、更に更に卑屈化。 次に後者、「黒い」方である。地味ではない。いわゆるブスでもない。けれど、いわゆるカワイコちゃんとも違う。図々しく前にしゃしゃり出ても大丈夫なレベルの美人である。只、「白い」方と「同様」ではない。別の魅力が緩やかに追加されている。ゆえに明らかに異質である。まるで白くない。要するに「正統派ではない」のだ。明るく元気ではあるのだが、「ダークに」明るく元気なのである。それは表情の問題か、何処かがユルい。崩れているって訳でもない。只、「白」が持ってる「高潔さ」みたいなものが無い。何だか疲れている(決してヤンキーではないのだが、他の女子生徒に無い「色々ありました」感が漂っている)。どことなくいやらしく、どことなく下世話だ。男好きする「笑顔のヒワイさ」・・・・つまりはスケベ面なのだが、雰囲気的・佇まい的に「憂い」も含まれている(もうバッチリである)。同性の仲良しグループだけで無く、男子とも毎日くっちゃべり、大声ですぐキャラキャラ笑う。不気味がられて敬遠されっぱなしで当然の「教室の隅で多くても三人程度で固まって毎日趣味の話してる様な男子」(俺はこの類のガキだった。ほら、今と変わってない)にも、思わせ振りにペタペタ接近、ズカズカした交流で好奇心に遠慮が無い。男子とまるで変わらない「耳年増な下ネタ」で話に混ざり、またすぐ大口開けて笑う。胸はペタンコで、顔だけ(ほっぺただけ)はプクプク膨れていた。 「黒」なんだから「白」より全身が肉感的だったら、それこそ本当に漫画みたいだが、うちの中学では逆で、こうだったのだ(まじめ女子の「白」がムチムチプリンってのもそれはそれで凄く漫画的だが)。 当然と言えば当然だが、俺はこの「黒い」方に恋心ときめかせていた。こっちのマドンナの方に色気を感じ、「陰」を感じのだ。会話回数も少ないお嬢様チックな「白」よりも、友達面でごく自然にペタペタ話しかけてくる「黒」の方が、よっぽど謎めいていた。「白」は下校後も想像し易く、育ちも含め単純な構造が透けて読み取れる様な気がして、何だかつまらなく感じたものだが、比べて「黒」は普段はどうしていて何をどう感じているか、一体本当は何を考えていて誰が好きなのか、全く分からないし読めないと俺は思っていた。「白」に対しては、たまにオカズにするだけで、それ以上に興味をそそられなかった。「黒」もオカズには勿論しまくっていたが、実際の本物と接しても、言動がいちいち思わせ振りでドキドキさせられ、ミステリアスで面白くて、エロくて可愛くてヤリたくて、いつも笑ってくれるから、多分一番好きだった。 と言うか、世の男の子(この「子」がポイント。実年齢は不問)全員がそうだと俺は勝手に思っているんですが・・・・。 皆、「何考えてるのか分からないけど、何かヤラシイ女の子」にこそ、一番惹かれるもんじゃないんですか?そういう女子の事が他のどんな女子より好きなんじゃないの?誰だって。違うか?そうだろ? 掴めないから惹かれて、分からないからそそられて、読めないから気になって、全然知らないから知りたくて、謎だらけのその子の事ばかり気が付くと考えてて、そういう恋ばかり、してしまうんじゃないのか?いつまでもいつまでも、一方通行どころか行方不明の、だから終わらない、退屈しない恋を。 俺は中学で、そんな「黒いマドンナ」に、散々ドキドキして散々振り回されて(向こうにもこちらを振り回してる自覚は少なからずあったと思う)、中学校生活が終わってしまってもしばらくは何年も、その人を好きなままでした。 彼女の家自体が近かったからか(他に何の意味があったか結局今でも分からないままだが)、高校にろくに行かずこもっている俺の家の前にフラリと現れ呼び鈴を鳴らし、「散歩ついでに来ちゃった」とぬけぬけと言ってニヤニヤ笑い、少し喋って「じゃーまたね」と帰る・・・・なんて甘痒い事も何度かあった。その度に「これは何だ?この女は何だ?ヤラれに来てるのか?俺の男っぽいアクション待ちか?こいつ」と俺は考え、その勘違い(憶測)を頭の外へは出せず、更に「次はあるのか?いや!無いんだろう」と結論じみた考えで止まり、平静を装ってヘラヘラしながら、「これフィルム残ってんだけど、写真でも撮ろうか、じゃあ」などと精一杯のアクション、しかもこれは「彼女が帰った後、また始まるしばらく家族以外と会わない喋らない独りぼっちの毎日に、この戯れにツーショット撮影された写真を眺めてボンヤリ煙草吸いながらドアーズのサマーズオルモストゴーンをリピートで聴こう」という、全くもってマスターベーション的愉しみの為・・・・そんな「事後の愉しみ」を、目の前に実物の彼女が居る時から、真っ先に何より狙ってしまっているという、何とも情けない、意気地の無い、根っからの「一人用遊び至上人間」っぷりがその頃からもう露呈してしまっている訳で、だから「そりゃヤレないよ」と。もしかしてひょっとしたら、彼女が俺と何らかの「悪い事」を共有してみようかな〜的な悪戯心(それだって立派な恋心だ)も無きにしも非ずだったかも知れない訳で、極度に自分に自信が無いオナニー少年の場合、そんな女心も深読み出来ずにみすみすトキメキチャンスを逃してしまうという・・・・まぁでもあの程度でもあの時充分ときめいていたのだし、今思い出して今でもこうしてときめく事もまだ可能なので、良しとしよう。 (断っておくが、現在の俺は十代の頃の俺ほど、あそこまでヘタレではない。心の声を抑え込んで損するなら、玉砕覚悟で散りに行くのを選ぶ。ハッキリしないのは自分にも相手にも迷惑であるから、例えむかつかれるとしても、被爆や自爆や孤立の覚悟で、俺は何事も逃げない事にしている)
おまけの後日談。 上京してしばらくして、中野に住み着いてからすぐ、職場のパソコンで検索かけてみたんですよ。彼女「黒いマドンナ」の本名で。そしたら一発でご本人登場。結婚式の写真。頬がこけてガリガリのすました笑顔。あの頃の魅力、もうありませんでした。少なくともルックス的(雰囲気的)には。 ま〜た一人死んじゃってましたよ、俺の好きな人。既に。俺の好きだった人、また一人、いなくなっちゃった。 どうやら中野に住んでるらしいんですが・・・・・・。
今週のおかず五品: SUMMER
TIME/DOORS(ジム不参加のライブでのインストカバー) チギルナイト/安全地帯 痴人の愛/人間椅子 かくれんぼ(ライブ)/はっぴいえんど 暗い日曜日/エイプリルフール
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