第六十回 紹介に臨時のガセは不要

結構喋ったな。これで、もう六十回ですか。
パソコンも持ってないのに、器用にいじれないのに、インターネットの世界にお呼ばれして躊躇せず堂々と、週連載で六十回目である。ちょいちょい詰まって原稿落として来たとは言え、この(自他共に認める)飽きっぽい自分が、よくもまぁこう何十回も毎週毎週、「念仏坊主のトークショウ」を続けられたものだ。
第一、内容が内容である。毒にも薬にも一笑いにも値しない「糞どうでもいい一言メモ」(学園祭ノリバンドのメンバーや退屈OLが子供の読書感想文以下の女子高生の日常報告的短文をポツリポツリとつぶやいて日課にしてる「意図不明ブログ」にありがちなやつ)とは訳が違う。早い話が当コラムの作者は、「絶交状」と「恋文」を交互に、しかもどちらも「喧嘩腰の長文」で、ネチネチ繰り出して来たのである。半笑いだが大真面目である。圧倒的多数の浅墓なる一般大衆は、こういう「執念」の表面的キモさに眉をしかめ、その底(そこには「センパイありきの似非不良」とは違う、しっかり通った「スジ」がある筈だと、これだけには本気で自信持ってます)まで掘り下げずに、安易に敬遠するのみである。敬遠される言動、敬遠される振る舞い、敬遠される告訴声を放つ、敬遠される色・形、そのカタマリである。
そうして反戦平和ちゃん達(※要するに、面倒臭い事から少しでも楽な方に逃げて小利口に卑怯に立ち回ってヘラヘラどうでもいいじゃん的な事ばっか言って高み気分でいるパーティ至上主義みたいな連中・・・・の事)を一切寄せつけず、遠くからチャラ〜い声で笑われ、敵ばかり増やしながらしぶとく生きる、いちいちうるさいウザバンド「中学生棺桶」、の、代表のコラム・・・・なんぞの連載続行、その意志を曲げないここの編集長、その初志貫徹は立派である。「男」である。多方向からのクレーム(名無しではなく根性無しであるがゆえ顔も出せないその苦情主は、価値相対でインテリアダルト気取りの日和った逃げ腰ヒューマニズム野郎か、流行世間に逆らう根性も独立の意志も孤立の覚悟も更々無いままに図々しくヤレヤレ顔こさえながらの「野次」以外は無力無能のネット依存病人に違いないと、見当はつくが)に屈さずに編集長、おそらく毎回ニヤニヤしてくれているのだろう。芯はしっかりしているのだろうが、それに比例してやはり可也ふざけた男である事は、もう間違い無い。その点では自分と同質である。感謝してます(してますが、自分は彼と実質二回しか
会った事が無いので、やはり顔合わせて酒呑み呑み話してみたくもあります)。

六十回目。とは言え今回もまた、特に話す事(ネタ)は無いのである。
けれども決して、「喋り尽した」とは口が曲がっても言いたくない。喋り尽した時、人に何も話したくなくなった時、それはもうその時点で完全に「死」の時、つまり「生きながら死んでいる状態」の一つだと、自分は思っている。何度も言うが自分は「ダンマリで逃避」をする人間が嫌いである。そして更に思うのは、言葉が嫌になり喋る事にも疲れてしまったら、唄なんか作れないし唄えないじゃないか、お外にも出れないじゃないか、という事。言葉で遊び唄で遊び恋で遊ぶのも出来ず、そういうのが嫌ならば、もう後は何も無いのだ。そしたらもう殺してもらうか、或いは自殺しか、無いのである。
自分はまだ、「平気」だ。別に、歯をくいしばって耐えている訳ではない。「まだ遊べる」という事だ。「まだ飽きない」「まだ諦めがつかない」という事だ。つまり、いたって「健康」である。
「健康」である以上、そして、ここで遊ばせてもらう以上、何か話さなくてはならない。ゆえに勉強の成果や研究の成果・恥ずかしい恥ずかしい笑い話を紹介してみせる事を、文字通り「試す」のである。
で、じゃあ今回は何をどう喋ろうかと、葉蔵オマエ今日は何を晒してくれるのかと、何ばらしてくれるのかと、誰にムカついてるのかと、そんな期待に応えて唾飛ばし飛ばしキーキーやりたい所なのだが、やはり・・・・・・今現在、どうやら何も浮かばない様なので、もう観念して今回はここらでドロンします。寝ます。ごめんなさい。次回に御期待下さい。
知的好奇心に貪欲な愛読者の皆様、毎回多少なりとも楽しんで頂けているのならば、光栄です。

今週のおかず三品:
YOUR LIFE WILL BURN/ZIOR
妄想ハンター/ミヤマGt.
ドカベン/電気グルーヴ

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