第六十二回 複雑か単純か、心当たりはある筈だ

何処にでもいるのだ。あなた方の周りにもいるだろう。俺の身近にも、何人かいますよ。友達だけどさ。
「女にだけ甘える男」、の話である。女と二人きりになった途端、文字通り二枚舌で陰口や愚痴をこぼす(「弱さをちらつかせる」とでも言うのだろうか)、ずるーい男。そして、実際の自分の器に不似合いな「大きい事」も言ってみせちゃったりして、その場の相手(女)にだけでも自分を鋭敏に賢く見せようと無理にあがき、ごく身近な人間をコソコソ小馬鹿にして印象操作する(昔の恋人を罵ったりするのに似ている。そういう所が人間的に「小さい」のである)、そうやって自分一人「ちゃんと空気を読めている冷静なる者」として正当化する、口達者な男。女にばっかゲロゲロと打ち明けて、ヒョイヒョイと身軽な男。女の扱いが巧いと、自認している男だ。

何人も何人も、次々と次々と。要するに、女を操りたいのだろう。そうする事で己の「万能感」に酔いしれたいのだ。そう錯覚したいのだ。
女は抱かれ、適当におだてられ、時には脅され、彼が「柔らかに洗脳する」対象となる(そして自分の思い通りにならない場合は「あいつは素直じゃない。意地張ってるからダメなんだよ」となる)。なめているのである。女は、なめられているのである。「どうせひっかかるんだろ?」という「驕り」が、そこにある。「女はこうに決まってんだよ」という「見下し」(俺にはそれは「諦め」とも受け取れるが)が、そこにはある。ひどい「差別」だ。ネガティブで嫌な関係だ。「ええかっこしぃ」による、姑息で小ずるい(けれどちっちゃな)破壊工作が、そこにはあるのだ。
一見攻撃的だが、結局は必死に必死に(自分を)守っているだけである。守って守って、その努力に終止している。けれど本気ではない。いつだって本気ではない。(勿論自覚はあるのだろうが)ブザマにブザマを重ねながら常に、単純に、彼らは甘えているだけだ。「女」という生き物に、終始、甘えているのである。いわゆるベッドでの「夜の主従関係」なんぞ、はっきり言ってアテにならない。幾らヒィヒィ言わせてあげていようが、現実として「甘えている」のは男。実際に弱いのは、断然、彼らの方である。

俺はと言えば、未だに、女性を見下しきれない。絶望なんかしていない。してたまるか。「どうせ女なんか皆ウッスラパーでか弱い」みたいな思考に落ち着く事など、おそらくこれからも無いだろう。俺は女に、いつまでも憧れ続けるのだ(俺の「女の子になりたい」は本当に本音である)。
女は決して易しくない(むしろ男の方がスケスケが多いとさえ感じ始めている)。だからと言う訳でもないが、男に対しても女に対しても(若かろうが年寄りだろうが)常に区別無く差別無く接し、常に裏表無い一貫したスタンスを、俺は通す様にしている(それはそれで迷惑なんだろうけどな)。相手次第で主張変えたり誤魔化したり、人格偽ったり、説明省いたり公開控えたり、そういうカモフラ行為は普段から一切していない(それはそれで迷惑なんだろうけどな)。そんな俺は当然、彼らの様なダメ男ちゃんとは異質である。駄目は駄目でも俺の場合、人にすがれもしない駄目さである。
そんな俺から、彼ら(俺の友達も含む)どうしようもないダメ男ちゃん達へ、ここで言っておきたい。
かっこつけんな。女ばっか相手にコソコソこぼしたり虚栄かましたり、みっともないと思わんのか?それはそれで可愛らしいけれど、やっぱりみすぼらしいじゃないか。いい大人が。
甘えんぼちゃん達よ。甘えるなら、男にも甘えなよ。かっこつけず、つっぱらず、「負けたくないから」などと気取らずに、男にも甘えなさい。友達に甘えなさい。俺に甘えなさい。俺に甘えなよ。女に姑息にすがる前に、女に頼る前に、俺ん所に来て俺に全て話し、俺に頼ってみろよ。そこらのカワイコちゃんよりかは、マトモな処置をしてやれる自信はある(約束も守るぞ)。もっと愉しく、真面目に遊んであげれるよ。
建設的に付き合おうじゃないか。その位の余裕はある。俺には余裕があるんだよ。こっちには、な。そっちに余裕が無いならば、馬鹿正直に「無い」と言え。せこくジリジリ誤魔化すなっての。正直に言え。だらしなく女の体(及び女の脳)にばっか逃げるんじゃねえ。
「弱さ」は男友達にこそ見せろ。打ち明けろ。そして、笑われながら、何とかしてもらえ。俺も笑いながら、何とかしてやる。
俺にはまだ、余裕があるからな。友達に力を貸す余裕も、友達を守る余裕も、その友達の為に前に出る余裕も、俺はあるんだよ。


話は変わるが、ついでに言っておきたい。
ここからジャンプ出来るアマゾンのサイトにある、棺桶アルバムの内容紹介文・・・・・・・あれも不本意である。あんなので果たして、人に信用されるのか?まさに業界向きである。誠実なリスナーには(及び誠実なリスナーを求めるバンドには)、失礼にあたるのではないか。
とりあえず、俺の唄や主張は笑いながらの「怒りの正論」であり、断じてネット依存病人の様な「妄想」ではない(断じて!である)。
俺は大体、「妄想」という言葉が「狂気」という言葉と同じ位、好かんのだ(当コラムの読者にならそれは解ってもらえる筈だ)。少なくとも、自分には当てはめて欲しくないのである。


今週のおかず三品:
ROCK DI UDARA/GODBLESS
DAMAGE CASE/MOTORHEAD
TEAR YA DOWN/MOTORHEAD

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