第六十三回 笑いながら、笑いながら、厳粛の事を語る

雑誌にてまた一つ、「流行」が紹介されている。よせばいいのに、そのページを読む。ゲンナリする。
「ツンデレ」に続いて、今度は「オラにゃん」だそうだ。
普段は人前で外ヅラ悪く威勢良くオラオラ突っ張ってて、女と二人きりになった途端!ごろごろにゃんにゃんと甘える男が、何だか流行ってるんだそうだ。そういう男が今、もてるんだそうだ(主に渋谷で、らしいが)。
まさに、俺が前回コラムで疑ってみせた話に、近いっちゃ近いのではないか。と思うのだが、どうか?
「オラにゃん」ですか。そうですか、そうですか。本当、気持ち悪いな。「にゃんにゃん」自体が気持ち悪いんじゃないんだよ。その「オラ」と「にゃん」の切り替えが意図的で、詐欺まがいで一丁前に役者気取りであるが故に、ひたすら気持ち悪いのである。雑誌にも「武器」と紹介されてるんだよ。要するにもてるが為だけに、最近のホストやらギャル男やらのチャラ坊どもが、なりきる属性らしい(鋲ジャントゲトゲパンクキッズん中にも、居るんじゃねえのか?教科書通りの硬派なナリしても実際はチャラ臭い、一貫してねえオラにゃんエセパンクスがよぉ)。
ひっかかる方もどうかしてる。何が「ギャップのエロス」だ。何が「甘えんぼ超ヤバイ」だ。何が「よしよしおバカさんね、可愛がってあげるわ」だ(あと、「あたしドMなの」とか「俺ドSだぜ」とか簡単に言うな!!誇大広告やめよ!お前なんかノーマルじゃボケ!と言うか意味分かってんのか!?)。
そりゃ、「男なら男らしく強く逞しく!」なんて俺だって思ってないよ。「拳や筋骨猛々しく!女を守ってやれ!」なんて俺も言わないよ。言いたくねえよ。けどな、男ならチヤホヤされる事やセックスだけを狙ってコロコロ媚態を使い分けず、気取らずチマチマ隠蔽工作なんぞに走らず、常日頃「俺はこうだ。これが俺なのだ。何が悪い!嫌なら寄るな!」と一本スジを頑固に通し(信念を貫徹し)、己の本性を踏み絵代わりに置き晒し、「それでも好きよ。惚れるわ。遊びましょ♪」と言ってくれる相手(性別・年齢、一切不問)とだけ付き合えばいいじゃねえか。それだけの話だ。誰も寄りつかねえなら寄りつかねえで構やしないんだ。覚悟の上で生きさらせ。
男なら、馬鹿正直とは言わずとも、誠実であれ。助平でも下品でも淫乱でも無器用でも不健康でも育ちがよろしくなくとも、いいじゃねえか。
只!それでも誠実であれ。卑怯なのは駄目だ。愚鈍も駄目だ(それも卑劣だ)。誠実で、誠実であれ。
俺は小汚くとも、誠実でありたい。何事にも、ちゃんと向き合いたい。ちゃんと向き合って、どうするかいちいちウンウン唸りながら考えたい。それが「戦う」という事だと、本気で思っている。のだが・・・・。

最近しみじみ感じるが、どいつもこいつも気の毒な位、身近な人を見下したがっている。コソコソとお互いを嘲笑いながら、おすまし面で表面だけ許容してみせ、大人のつもりで体よく付き合う。互いが互いを下に見ながら、だ。いつまでも誤解の関係。いつまでも「うそ寒い」、未成熟な関係。つまり、ご自身が「こういうのが立派な大人だ」と思って装えば装う程、「子供同士」で幼稚な関係。そういうカップル(同性異性問わず)が構成する文化・流行・空間・世界こそ、まさに「誤解の楽園」である。真っ暗である。違うかね?明るいかね?とりあえずの平和(落ち着いた雰囲気)さえ穏やかに保てれば、それでオーケーかね?
こういう話をすると、また「太宰ヲタだ」などとからかわれ、「人間嫌い」のレッテルを貼られ、「そんな人間嫌いには誰も近寄らない」「一生独りでダダこねてろ」と一笑に付される。それは重々承知している。けれどもこれはポーズではなく、本音なのである。心の底から苛立ちであり、でっかいクエスチョンマークなのである。だもんで、俺は何度でも言い返す。お喋りし続ける。訴え続ける。疑い続ける。
「人間なんて皆そんなものだ」「そういう所こそが人間らしさなんだから、いいじゃないか。それが人間なんだよ」と、全人間全肯定・賛美・万歳する人達(連中のその「賛美」の半分は「締念」という「現実逃避」で成り立っている)に、俺は真顔で言い返す。
人間が「そんなもん」だと言うならば、本当の本当に人間が「そんなもん」だとしたら、「その程度」の生き物が人間であるのならば、ならば自分は完全に、まさしく「人間嫌い」ですよ。はっきり言って、レッテル通りに違いない。
けれど俺は、「その程度」で終わらない人間の存在を信じたいのだ。いや、確実に存在している「そんなもん」じゃない人間達の、その誠実さ・感覚の鋭さ・バランスのとれたユーモアを、その「孤立の覚悟」を、信じたいのだ。数少ない(であろう)「それ」以上の人間と一緒に、真面目に遊んで暮らしたいのだ。
しつこい様だが、俺だってそりゃ嘘の一つや二つや三つや四つ位つきますよ。それでも問題にしたいのは(俺や太宰が口酸っぱくして何度も言ってる事だが)、嘘をつきつき生きていながら、俺のこういう疑念みたいなものを一切抱えずに(ジトジト思いつめずに)、只のうのうと朗らかに世を踊りくさっている「逃げ好き人間」どもの事なのである。
生きてるつもりで死んでいる、価値相対(つまり思考停止)の小児病大衆。平気で吹き、呑気に買う群れ。そういう人間の事だけは、今まで通り毛嫌いを続け、「否」を突きつけっぱなしで居たいのである。

今週のおかず三品:
I'M A LIVING SICKNESS/DWARVES
三上工務店が歩く/三上寛
明るい夜(「犬」収録ライブテイク)/友川かずき(とピップエレキバンド)

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