第六十八回 苦笑問題

新しいCDが出てからのライブで、今の所必ず毎回、糞いまいましい事が連続で起きている。面白くない。そこでどうにか気持ちを切り換えて愉しむ事が出来ない自分自身も、気に入らない。
けれどもやっぱり、しょうがないかなぁと思う。何度も言うが根が短気なのである。そして同じく根っから、「わざとらしいノリノリ感」が嫌いなのだ。一度むすくれたら背伸びも装いもせず、その後20〜30分は、むすくれたままにならざるを得ない。俺は陰湿で偏屈で助平で「男の子と違う女の子って、好きと嫌いだけで普通がないの!」的オンナノコなバンドマンですが、それでも、兎にも角にも正直で素直でありたいと思っています(周りには迷惑でしょうが)。誤魔化したくないのです(だから曲間のMCも事前に用意しません)。ツンツン気取ったりセコセコ隠したりセカセカ取り繕ったり、そういうのは性に合わなくて、いやだ。カモフラージュという隠蔽工作(THE!逃げ隠れ)こそ、パンクスの唯一の「禁じ手」だ。先人にならった「空元気」で、身の丈に合っちゃいない「空威張り」(誰かの影響受けてカリカリしたって無理と矛盾が生じます)で、体育会系低脳パーティ人種との「わざとらしい一体感」なんぞを重視する、糞あざといバンド(自分以外の誰かに健気になりきっても無駄!もてないハゲやデブや猿人面のブ男が少年を装ってギャルバン周辺にコビコビまとわりついたって一生ヤレませんよ?もてないサークルが拡大するだけ!下心オンリーなお祭り騒ぎの滑稽さが冷静な観察者に見抜かれて笑われるだけ!学園祭ノリにパンク無し!荒くれ者ポーズを続けた所でポーズはポーズ!)には、絶対にしたくないしなりたくない。
そして、くどい様だが、我々は本っ当に運が悪い。
ゆえに、どうにもならない。これからも何度も何度も、俺の「お愉しみ」は邪魔されるに決まってる。自らの「運の悪さ」と、「口は災いの元」の実証活動によって。半分は運命、半分は自業自得なので、諦めるという訳ではなく「受け入れる」となる。

文字数を埋める為、その「糞いまいましい」の詳細を説明する。
まず九月二日のライブ、
本番直前にベースアンプの電源が入らなくなり(原因不明。全公演終了時になってやっと復活)、急遽リハと違う「縁もゆかりも無いアンプ」を引っ張り出し、音作りの時間も無いまま(何せ本番直前である)それをぶっつけで使う羽目になる。更に演奏途中でギターアンプまで音が途切れ途切れになる(スピーカーの裏のジャック部そのものが振動で内部に落ちたり戻ったり)。
散々だった。散々だったが、この日のライブ場所を悪く言うつもりは一切無い。ここの店の人達は常日頃、我々みたいな粗末なハグレ者のバンドにまで差別無く普通に笑顔交じりに接してくれる(今回、悪かったのは我々の運!只それだけなのに何人もの人が何度も謝りに来てくれて・・・萎縮してしまったが嬉しかった)上に、勿論、仕事もきっちりこなしておられる。(録音した外音を聴き比べるとハッキリ解るので)世辞でも誇張でも無いのだが、他のハコよりズバ抜けて「バランス良い音」を、うらめしや〜的な下からの照明を駆使した「丁度良く暗い明かり」で、外に出してくれる。神楽坂や高円寺のどこぞの店の様にメンテもろくにしてない機材を貧乏バンドに使わせて機材費をぼったくる(バンギャのおかげで潤ってる機材持ち込みセミプロバンド前提の甘えた殿様営業)思い上がった糞ライブハウスとは違う!と、俺は思っている。好きなのである。これは「信用」である。「人間」への「信頼」である。
それよりも何よりもまずスタッフの笑いのレベルが高く、そこいらのスポーティバンド文化ベッタリの無駄なチャラ年寄りに欠落している「余裕」が、彼らからは感じられる。知れば知る程、彼らは悪人である。真の悪人が必ず持つ「余裕」である。この「余裕」からしか発されないユーモアが、「いい男」にも「いい女」にも必要不可欠だ(特に男は絶対だ。退屈で色気の無い中年にマトモな女はついてこない)と、俺は思っている。
余裕ある悪人が、あの店には居るのだ。その点にこそ最も惹かれているという事も、ついでに告白しておく。俺はご存知の通り中学生で、「精神」などという小便臭いものを何より大事にしたがるタチだが決してガキやジャリではなく、むしろ「大人」が好きでガキやジャリやサルは大嫌いだ。(ちなみにこの店の店長はデスロールバンドをやりながらも実は阿久悠絡みの歌謡曲に精通していて、唄心ありありの「ディナーショウ声」を持つ男であり、つまり、趣味のいい立派な「大人」である)
次に九月十一日、
主催者の趣味により、ライブハウスの舞台に芝居用の照明(機材及び技術者)を持ち込んでのライブだった。この試みに参加するのは二度目で、俺はこの特別照明が気に入っていた。主催者(ハニカムVoセシルちゃん)の狙いにも賛同出来た。
だが、うちのメンバーは「暗過ぎて見えない(弾けない)」と愚痴を垂れ、ライブ中に演奏を放棄しやがった。メンバーによる「おポンチな音」を舞台上で何度も拾い聴きして不機嫌になった俺は当然むすくれ、その場で「公開駄目出し」を敢行し、Voがふてくされたテンションのまま棺桶ライブ(しかも大トリだった)は終了した。
舞台に立ってて暗いのが嫌だったら(ライトが一つも何処にも生きてない状態じゃあるまいし)自分で少しでも明るい方向に移動しろっての。何年もバンドやっててその程度の知恵もつかない(機転がきかない)んだから、呆れる。つくづく自主性の稀薄な連中だ。俺は中学生棺桶の俺以外の人間が、自分が所属するバンドに対して自分から何か創作を向け組み立てに加担してくれる事(つまり「アイディアの過剰な持ち込み」)を、ずっとずっと待っている。そして、まだ待ち続ける。全員が作曲して全員が唄えて全員が前に出ているバンドが、俺の理想・夢である。全員が各自「秘めてるもの」「育ててるもの」「産み出せるもの」を舞台でいちいち晒し放てたら、いいと思っている。お互い時間をかけても育てましょうと、思っている。俺は「もっともっと」を信じて、「もっともっと」を諦めない。
最後に九月十七日、
この日は一番最初に出た「毒にも薬にもならないロカビリー系バンド」が、MCで言っちゃいけない糞寒偽善フレーズTOP10に入る「この後もかっこいいバンドばっかだから最後まで楽しんでって下さい」を優等生っぽく口にしといて、そのくせ、自分の番が終わったら客席の後ろで(どうせゲストで入れてやった極々内輪のツレだろうけど)低脳そうなロックンロールミーハーブス(ツラよく見てないけど多分ブス!どうせブス!どうせガバマン!)とずっとデカい声でくっちゃべってやがった。
ほーら見ろ。ああいう事をMCでわざとらしく言う奴らはやっぱり口先だけの偽善バンドで、尚且つナンセンスで退屈で無神経なのである。お前らの言う「最後まで楽しむ」ってのは、お前らの言う「この後のかっこいいバンド」の演奏やその間を邪魔する事か?お前らの言う「最後まで楽しむ」ってのは、お前らの言う「この後のかっこいいバンド」の演奏を聞かずに見ずにその場で堂々と女と居酒屋トークする事か?対バンに興味無いなら無いでいいからコソコソ喋るなり、足りないなりに頭使えよ!無神経に無自覚に妨害してないでとっと白木屋でも和民でも行っちまえよ。消えてくれて全然構わないから。誰もとやかく言わんから。あんな「思ってもいない大嘘」を、MCでその場しのぎで言うなよ!そんな気なんか本当は無いんだから。無いくせに。俺は死ぬまで口にしませんよ、ああいう類のフレーズは。だって見ないもん、嫌いなバンドは。聴きたくもないからさっさと帰るもん、先に。「その場に居たくない」ってのをちゃんと提示するもん。俺から見て何の魅力の無いバンドをお客さんに薦めるなんて、たとえ冗談でもしたくないもーん。偽善者も偽悪者も嫌いだもーん。

今夜の久し振りの自主企画は、気持ち良く過ごしたいなあ。愉しく過ごせたらいいなあ。悔い無く地団駄踏めならいいなあ。その為にも、モチベーションを上に上に持っていく為に、今回のおかずは、コラムの内容に一切関係無く(関係無い事も無いのも混ざってますが)「俺が今聴いて只々高揚出来る曲」を無造作に選んでみました。ちなみに明日、入場時に棺桶指名のお客さんだけが先着で受け取れるディスク(来月再来月の企画時にも、全く別の内容のものを配布します)は、意中の相手と酒を呑む時・一人で呑む時・やらしい事を一人でする時・二人でする時・悪い仲間と悪い企みをする時、等にお使い頂けると幸いです。きっと合います。きっと長持ちします。是非、ご愛用を。

今週のおかず五品:
ヤットデタマンの歌/トッシュ
ヒカシューのファースト(最後まで通しで)
琴桃川凛の「AFUFU NY」(A面B面通しで)
曙光/エレファントカシマシ
メビウスの恋人/うしろ髪ひかれ隊

 

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