第七十二回 人生がドラマじゃない事は解っている。だがしかし!

引っ越しをしたのだ。奇跡的に生き長らえている様な、木造三階立ての最上階に、隣り合わせで二部屋借りたのである。
二部屋も借りた理由は三つ。家賃が不気味な位安かったから(俺は小学校低学年から二十歳位まで「霊」の如き「変なもの」と何度か遭遇した経験があるので、「霊」とやらの存在についてアンチではないしおっかなくもあるが、基本的に「ここにいるの?いるんなら一緒に過ごそうや。出て来て色々話そうや。体ぐらい幾らでも貸すから協力して一緒に現世に復讐しようじゃないか。さあ!」というスタンスで本気で待っているので、もしも心霊物件だとしても一向に構わないのである)と、荷物が多かった(俺は漫画やCDを売ったり捨てたり出来ない「たち」である。売っ払おうとした所で身分証明が出来るものを何一つ持たない上にパソコンも扱えないので、なかなか買い取りに応じてくれる相手もいない)のでそれをギッチリ詰め込む事によって部屋を狭くしたくなかったし、もう一つは、友達や恋人を気軽に呼べる「談話室みたいな空間」が余分に欲しかったのである。
しかし、古い建物だろうと思う。階段も廊下も真っ茶っ茶、どんなに静かに歩いてもミシミシと音がする。廊下に洗い場があり(学校の水飲み場の様に蛇口が並んでいる)、そこは住民の共有スペースである。玄関も正面に一つだけ。便所も風呂も共同で、けれど一階部分の大半を占めるその風呂場はなかなか広く、ちょっとした「大浴場」なのだ。
その一階の大浴場のすぐ隣に並ぶ二つの部屋、101号室と102号室のドアからヒョイと顔を出し、俺の引っ越し作業(三階への荷物運び。洗い場に面した廊下と屋内の階段をひたすら往復)を手伝うでも無くニヤニヤニヤニヤ眺めている、二十代後半の二人の女がいた。二人は、仲も良さそうに見えた。二人とも、凶笑いの似合う、いわゆる助平面である。
それが誰と誰であるか、ひと目で気が付いた俺は鈍感な男ではない。但し、世の鈍感でない男が皆そうである様に、鈍感な男の「フリ」でその場をやり過ごす事は俺にもある。しかし今回に関して、「この場」をやり過ごす気にはならなかった。どうしても、なれなかった。暇そうにこちらを見ながら、たまにケラケラ笑い、こちらに声をかけようとしている訳でもない二人の女、二人とも、俺がよく知っている女だった。二人に対して、未だ消えない思い出が俺にはあったのだ。
俺は「それ」と「それ」に気付きながら、気付いている事を表情や視線で示しながら、かと言って声をかける事はせず(何だか悔しかったのだ)、ニヤニヤしながら手伝いもしないしマトモな挨拶一つもよこさない(俺もしていないが)女の横を、何度も何度も通り抜け、日暮れにやっと作業を終えた。
終えて俺は思った。自分一人で搬入した部屋中の段ボールの大箱小箱を見つめながら、思った。しかしそれは荷物運びの最中からずっと思っていた事だった。今夜から、まるで「一刻館」(めぞん一刻)の様なこの建物で、穏やかに俺は暮らすのだ。穏やかに俺は・・・暮らしていけるのか。いける筈が無い。もう、無理だ。自信がまるで無い。もう解ってしまった。現に今の俺がもう「穏やか」ではない。片付けがこうして落ち着いても、気持ちが一向に落ち着かず、一言二言の声もかけに行けない俺。「知り合い」なのに、である。いや、正確には「知り合い」は二人の内一人だけだ。
一人は、俺がバンドマンになる前からずっと、勝手に憧れ続けている元グラビアアイドル、マイコ(芸名)である。今は何をしているのだろう(女優業ではなさそうだ)、俺は知らない。何をしているかは知らないが、俺が今日から生活を始めるこのアパートの一階にいる。今、そこに確実にいる。ついさっき、俺は見たのだ。実物の、本物のマイコを。
もう一人の名はミカ(仮名)という。何年も前、たまに会ってはセックスばかりしていた。会話や趣味嗜好は何一つかみ合わなかったが、互いが互いの「色気と体と声と味と匂い」には激しく恋していたと、今でも思う。もっとも、約二年程で俺は一方的に飽きられた訳で(老け込んだ俺から色気が失せたのだろうか)、その「関係」自体に俺が浸れていた様には、ミカの側は浸れなかったのだろう。彼女は俺に最も「直接的影響」を与えた女(紛れも無く、完全に、とことん「悪影響」だ)である事は、もうこれは死ぬ程悔しいのだが、認めざるを得ない。もう一言だけ説明を付け加えるならば、ミカは「悪どい女」である。今は何人ぐらいに媚態を売って(交際して)いて、何個ぐらいの「得」がある男に恋をしていて、何匹ぐらいの間抜けに恋を「させて」いるのだろう、俺は知らない。ミカについては会っていた昔から俺は何も知らなかったので、当然今も何も知らない訳だが、やはりマイコと同じ様に、俺の今の部屋の下の下で、確実に生活しているのである。あのマイコの隣の部屋で、あの元グラビアアイドル・マイコと親しげに。
凄く失礼な話だが凄く解りやすいかと思うので、あえて砕いて例える。要するに「一刻館」で言えば「朱美さん」、ああいうのが二人も揃って、同じ下宿に暮らしているのである。この「落ち着かなさ」はどうだろう?共有部分が多い同じアパートの下の下の階に、(これは皮肉でも何でも無いが)昼間っから勝負デート服じみた格好とエロエロ勝負メイクで甘い声ぐらい平気で出せる様な「ピンクな二人組」が、日々ケラケラと(そしてギラギラと)存在しているのである。そして尚且つ!その二人の「朱美さん」は、明らかに俺を面白がっているのだ(ミカがマイコに洗いざらい俺の事を話して「屈折した男」という勝手なイメージを既に植え付けているに違いない。つまりミカだけでなく、喋った事の無いマイコも俺を笑っている!昔からの知り合いの様に、俺「自体」を笑っている!初対面で、好きな女に、笑われる俺!!)。
引っ越し翌日以降、身をもって知ったのだ。一階の共同浴場、一階に住む二人が、(現実として)ほぼ私物化しているのである。まるでしずかちゃんの様に休日は入り浸り、昼でも夜でもダラダラダラダラぺちゃくちゃぺちゃくちゃ、「使用中」の札すら入口に掛けない始末だ。
頭に来た俺は、頭に来ても、やはり意気地の無い俺だった。こっちも二人なら怖くないとばかりに弟を高円寺から呼び出し、「使用中じゃねえんだな?入っていいんだな?いいんなら入るぞコノヤロウ」と重い腰を上げ、浴室に突入した。センチメンタリズムもムードも駆け引きも、何もあったもんじゃない。実に「おポンチ」である。(ここで太宰の言葉を思い出す。人はポンチになるのでもポンチにするのでも無い。初めからポンチなのだ。俺も、君も、皆ポンチだ)
湯船の女二人、俺と弟を確認しても、何と「キャー」とすら言わないのである。薄く笑っているばかりだ。それから俺がどうしたかは、もう話すまでも無いだろう。ロマンチックのカケラもありゃしない。このコーナーは「きむすめ葉蔵のデカダン冒険記」ではない。俺はジェームス三木でもない。惚れた女との「やりまくりの詳細」まで、幾ら暇潰しついでとは言え、いちいち喋るつもりはない(惚れてもいない女の話なら別だが)。

・・・・・・と、まあ要するに、そんな筋書きの「夢」を見ました。ライブ翌日に。そこそこ面白かったので、ここに記録してみました。俺以外の人が聞いても全然面白くも何とも無いだろうけれど、俺は面白かったので。特に前半が、キリキリしてて良かった。

今週のおかず四品:
Peek-A-Boo!/DEVO
ミュータント/沢田研二
愛はブーメラン/松谷祐子
夢のしずく/近田春夫&ビブラトーンズ

   

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