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第七十八回 暮れの陰気なご挨拶
知ってるさ。 喋れば喋る程、馬鹿にされるのだ。明かせば明かす程、誤解を受けるのだ。偽善や偽悪を避ければ避ける程、障害ばかり増えるのだ。逆に寡黙を装って、ズボンのポッケに親指だけ突っ込んで仏頂面こさえてスカして、たまーにボソボソつぶやく…ってのを通せば、周りは都合良く解釈してくれる。身の丈にまるで合っちゃいない過大評価を、お人好しどもがしてくれるだろう。
大体、大体は、解っている。把握しているつもりだ。俺の「経験」が言っている。「嘘をつけ」と。「朱に染まれ」と。「そちらを選びな。楽だから」と。けれどそのアドバイスが聴こえる度、俺の中でそれと同時に、「正論」がゴリゴリと音を立てて存在(「怒」)を示すのである。 俺はその印象強いゴリゴリの方をこそ贔屓し、アドバイスの方を無視するのだ。快楽よりも、処世よりも(即ち「命」よりも)、大事なものはあるのだ。くっだらない流行に同調して勝ち馬に乗ったつもりでアーティストぶってるアメリカ崇拝のガキどもと、死んだ様に生きてる小児病大衆を相手にしたナンセンスな金儲けシステム(いわく「考えるな。前にならえ。時流を感じろ。そして隷属せよ。お揃いで安心せよ」)が、かっこいいと思えないのだ。かっこいいと思えないのだから、従えないのだ。抗うしかないのだ。 世の中の「仕組み」及び「徒党の騙し方」を把握した上で、我がバンドはあくまでも意地を張る。あまのじゃくにも逆を行こうとする。「棺桶?あぁ、所詮イロモノだろ」と一瞥で済まされる…その可能性の高いスタイルを、来年も続行するつもりである(だって、納得がいかないまま改める訳にもいくまい)。それはつまりこの「中学生棺桶」というバンド名だったり、後はまぁこのルックス(舞台上で着る毒々しい柄・色合いの「婦人服」含めて)の話に尽きる。要するに、バンド名が日本語である事、しかもそれが説明を要する具体的な漢字と具体的な漢字の「奇妙な組み合わせ」である(オシャレな雰囲気に欠ける)事、言ってしまえばこれだけでもう、いわゆるイロモノのレッテルは貼られるのである。 無難に響きを優先した横文字を、さりげなく名乗れ。全身ユニクロ全身アメカジみたいな地味で無難な装いで、無口にぶすったれて舞台に立て。CDやDVDを出す際は、味気無い風景の無意味なアート写真もしくはパソコンで単色でぶっきらぼうに且つ小綺麗にジャケットを仕上げ、決してメンバーの似顔絵などで飾るな。……と、只それだけの話だ。それが嫌ならイロモノ扱いなのである。只それだけだろ?それだけでイロモノなのだ。どんな真面目な持論を展開しても、だ。コミカルなアプローチやパーティアンセムを一切打ち出していなくても、だ。第一、俺の主張や姿勢や曲や唄を聴いて、一体どれのどこらへんがイロモノだと言うのだ?事実なので何度でも言う(自信持って言える)が、そこらの糞チャラストリートバンド(ヤンキー)の百倍硬派である。沈黙で逃げたり…流行やナントカシーンに居座る事で本質を誤魔化したり…音圧や機材やエンジニア(すなわち「爆音・轟音・ノイズ」)に依存したり…お国柄や歌詞や唄なんかどうでもいいと言わんばかりに英詞やデス声やハッパや暴力に傾倒してお茶を濁したり…そういう「思考停止」な「逃走」を、一切拒絶して只ひたすら楽曲を披露しているだけじゃないか。日本人による「唄えるドゥームロック」(そもそも、ドゥームの始祖がブラックサバスだとするならば、ネチネチリフは勿論そうだが耳に残る「唄」もありきなんじゃないのか。サバスファンは皆、アイオミとギーザーのリフ同様にオジーのあの「唄心」と「気取った振る舞いを断固拒否するキャラクター」に惹かれているんじゃないのか?)を、執拗に提示し続けているだけじゃないか(ふざけ半分で遊んでいるのではないのだ。真面目に、遊んでいるのだ)。 その上、ご丁寧に自己嫌悪までしてるんだぞ俺は。しかも、それすらも「自己肯定」だと自覚済みだ。終わらない「自己肯定闘争」である。自殺する訳にはいかんのだ。僕は神経症でつらいんですだの精神安定剤常用してますだのと堂々と言ってのけてトラウマパンク気取って同族(自己陶酔止まりの弱者)救済アピールするなんざ、絶対にごめんだ。自虐だの自己破壊だの字面ばかりでインチキであり、決して真に自己否定などではない。どれも立派な自己肯定である(か弱さは決して美徳ではない。太宰エピゴーネンも俺の敵だ!メンヘル諸君よ、高尚ぶらないでいただきたい)。 ステージではモノトーンで無地のシャツとズボンでそこらの「コンビ二行く兄ちゃん姉ちゃん」のそっけない格好(ボケ大衆はそれをスタイリッシュと称する)で良し、フロアへの外音なんか「ボ〜!」「ゴォォォ…!!」でリフもフレーズも聴き取れなくて良し、Voなんか何言ってるか全く解らなくて良し(「唄」や「歌詞」なんかどうせねえんだからな)、それで、それが、ストイックってか?ふざけてるじゃないか。曖昧で生ぬるいじゃないか。雰囲気至上のエテ公ビジネスじゃねえか。色んなものうやむやにして、BGMにして逃げてるだけじゃねえか。俺は、爆音だの轟音だのそういうものだけが売りのバンド(エンジニアも含む)が大嫌いだ。ギターの音がデカいだけでハードなロックぶって、図々しいんだよ田舎モンが。音圧に依存してるだけでサタニックだと?笑わせるなドン百姓!!言いたい事もなけりゃ既存の文化・名ばかりの権威に対して敵意はおろか疑問すら持たないくせして、アンプとミキシングの卓の目盛りを右に振り切るだけでロックだと?ドゥームだと?パンクだと?暗黒だと?闇だと?深刻だと?やってる人間の中身はスッカスカのペラッペラ。事なかれ主義でのほほん生きて、モテたくて何とか高みに立ちたくてサブカルインテリぶりたくて洋楽聴き漁って、組んだバンドは「表層的重たさ」が売りの「ノイズとハッパでサイケデリック!!デカい音で思考停止してオシャレにロックで現実逃避キメようぜ〜!ゴートゥヘ〜ル!!」バンド…… そんなバンドより、中学生棺桶は「上」だかんね。誰が何と言おうと(どこぞのお偉いさんが冷笑ついでに比べようが偏見でこき下ろそうが)、我々の方が「鋭利」で「価値あるロックバンド」だかんね。劣等感なんて、持ってたまるか。「ノイズ美意識」よりも「歌謡美意識」の方が、絶対に優れているのだ(これは間違い無いんだからあからさまに侮蔑してやるべきだ)。何故なら後者は日本語を要するからであり、連中も俺も日本人だからである。母国語もろくに操れず、その(本来一番の武器になる筈の)「日本人ならでは」までもを放棄する売国奴が、その「日本人ならでは」を真面目に愉しもうとして唄い続ける俺より、低脳で糞チャラいのは当然だ(情緒豊かな、絡まるヒダ持つ、締まりの良い、素晴らしいこの日本語を、全く必要としない「ノイズ至上ヒッピー文化」とそのサロンに群がるパンパン狸どもは、いいかげん誰からも芸術だの崇高だのとイカサマにもてはやされる事無く衰退・滅亡すべきだと、強く思います)。
見てらっしゃい。来年も引き続き、どんどん増やしてやるかんね。「敵意」の量を。憤りの余り吹き出る、「大人にきび」の数を。それらを美味と感じる、こっち側の「正気の人間」を。
今週のおかず三品: QUEEN
OF THE NIGHT/MICHAEL
NYMAN 思い立ったが吉日!/三姉妹(←「正月の戦い」って感じがするので) 1番おいしい毒がいい/ポチ! ↑ページのトップに戻る↑
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