第6回 四国遍路編1

 暗い話ばかり書いていてもしょうがないので、明るい話を、昼の話を、熱い話を、夏の話をこれから書くことにしよう、と、さっき決めた。本当はまだまだダークな自虐ネタはあるのだが、自粛。皆そろそろ引くから。本当のことここに書いちゃうと就職活動に悪影響がでそうだから。良く考えたら法に触れることいっぱいしてるから。俺は腹黒いから。得する事を選んで、大人ぶってやってこうと、思います。もうそろそろいい年だからね。
 俺は2003年の7月18日から8月26日まで「四国」だった。四国で流行の「お遍路さん」を廻っていたのだ。歩き遍路。順打ち。野宿。山。空。海。当時書いていた日記を読み返しながらその道中を、適当にはしょって、適当に創作してこれから何回かに分けてここに記そうと思う。自費出版とかで出されまくって、webで検索したらいくらでも引っかかりそうなありがちな旅行記に毛がぼうぼう生えて、なんか気持ち悪いものにでもなればと思っている。自己満足の世界だからね。伝統とか歴史とかの沈積している道を、若くて頭悪くて直情径行、某若無人、世間知らずな俺が、野宿をしながら歩き回るお話。青臭い盾とかび臭い槍でどこまで書けるか。書き終わるのいつなんだろう。めんどくさくなったら止めます。俺は、にやにや、キーボードを叩く。
 人差し指で。



 7月18日

 我が道、善き道であれかし。


 お台場の東京港フェリーターミナルのベンチにどっかと腰を下ろしている。俺は四国行きのフェリー、「オーシャン東九フェリー」を待っていた。天空は灰色に曇っていて完全に麻痺していて、始まったばかりの夏はまだぐずついていて如何せんぱっとしない。羽田空港が近いからであろう、銀色のジェット機が、ばびんばびんばびんばびんばびんばびんばびんーと爆音を撒き散らして引切り無しに、次から次へと俺の頭上を通って重い雨雲にゆっくり切り込んでいくのが目の前の大きな窓から見える。そのさまは水中でマンタがゆうゆうと頭上を泳いでいく光景をいちいち連想させる。ほらばびん。ほらばびん。ばびんばびんばびん。俺には、そいつに、行ってらっしゃい、と手を振る元気も、無い。
 それは俺の頭蓋骨の裂け目に調子に乗った少しはだけた軍服姿のアセ・トアルデヒド軍曹が何を思ったか杭を打ち、力任せに割ろうとしているからだ。俺の頭を割ろうとしておりますのですですトアルデヒド。ねえ、トアルデヒド。頼むから、止めて下さいよ。トアルデヒドさん。お願いですから。それは、止めて、下さい、ません、か?聞いてますか?
 …全然聞いていませんね?
 二日酔いだ。超頭痛。驚くほど最悪な気分。前の日に大学の友達としこたま酒を飲んだ。高幡不動の庄やで飲んだ。あれ?きちんとだったっけ?きちんとだな多分。きちんとで飲んだ。酔いつぶれるまで飲んで、朝方帰り、まだ酒が残った状態で荷造りをし、ほとんど寝ずにここまで来たのだ。旅立ちの前日にオールする俺。そのあまりのマッチョさに我ながら涙が出る。後悔は先に立たない、なんて昔の人はよく言ったもんだ。きっとその人も俺と同じような経験をしたのだろう。
 俺は四国遍路を36日間かけて廻りきったのだが、その36日間の中一番きつかったのはいつだと聞かれるとこの初日だったと俺は答える。とにかく体調・気分・天気、何もかもが最悪だった。最低な日だった。
 俺はふらつきながらやってきたフェリーにふらつきながら搭乗し、すぐにベッドに横になり、昏睡した。ぐでんぐでんの太平洋。船は遠慮なく揺れて夕方6時に出港。負けじと俺も遠慮なくトイレに飛び込みげえげえと吐いた。吐きながら俺はなぜか海を感じた。海を思った。
 最低な日。血液の流れが明らかに遅い。脳が重い。肝臓が痛い。
 多分、旅が始まった。


 インドでだらだらする旅をしていたときに、時間を無駄に使っているような感じがしていた。わざわざこんなに家から離れて外国までやってくる意味はあるのだろうか。今見ている空に理由はあるのだろうか。俺はもっと自分の近くにあるものを見なくてはいけないのではないだろうか。俺は自分の情動に忠実ではないのではないのか?目標のある旅がしたかった。日本を見てみたかった。自分の国を肌で感じてみたかった。旅は娯楽でも気分転換でもない。旅は人生にコンタクトする方法の一つだ。旅は行動だ。俺には見たいものがあった。感じたいことがあった。知りたいことがあった。それが何なのかは、誤謬力と咀嚼が足りず表現できないのだけど。俺は前から興味があった四国遍路を廻ることにした。歩いていれば、眼からウロコが落ちる瞬間があるのではないか、納得とか満足とかそういうものを得られるのではないだろうか、泣けるのではないか、と幼稚な俺は期待していた。何の躊躇もなかった。すぐにバイトをして金を溜めた。


 装備はちょっといいバックパックと雨合羽、カンテラにもなる懐中電灯、野宿用シート、サンダル、3日分の着替え、ジャージ、洗濯セット、携帯電話と携帯充電セット、CDウォークマンと厳選CD20枚、歯磨きセット、お風呂セット、現金、カード、ノーと、筆記用具、おばあから貰ったお守り、蚊取り線香、タオル5枚、本5冊、輪ゴム23本、ビスケット6枚、激情、焦燥感、好奇心、愛、ビビアン・リーのブロマイド、バディ・ホリーのドーナツ盤、寝袋は持たなかった。重いから。夏だから何とかなるだろうと思って。


 ふう。もう真っ暗だ。
 しばらく横になって少し回復した俺は起きだし、消灯したフェリー内を探検して回った。もう夜中だった。客はもう皆寝ていた。フェリーにはサウナ付き大浴場もゲーセンも食堂も付いていてとても広く、ちょっと楽しい。元気なときにここに居たかった。海上の夜の闇を吸い込むために甲板にあがる。真っ黒い海がだだだだだだだda!と広がっている。空を見るともう晴れていて黄色い半月が出ていて、音符みたいな月光を夜の魚とか鯨とかに細かくばら撒いていた。月光は水面で反射して弾けて転がって眩しい。船は波と時間を言い訳もさせずにをさばだててうらうらra!と進んでいく。漆黒の闇のせいで見えないが、右手には富士がそびえているはずだ。俺は眼前に確実にある富士を感じて、少し震えた。その興奮のまま船内に戻ってゲーセンで脱衣麻雀をやった。アニメ版より実写版のほうが燃えるかなと思って実写版を頑張った。夜中一人フェリーで脱衣麻雀をする俺。周りには誰もいない。またもやあまりのマッチョさに涙が出た。すぐ負けて辞めた。また脳みそがぐるんぐるんしてきたから、水道の水をがばがば飲んで、持ってきたCDウォークマンでボブ・ディランの「ブルーにこんがらがって」とか「時代は変わる」とか「いつまでも若く」とかを聴きながら寝た。翌日の昼間には徳島県に着いているはずだ。すんすんすんsun!、と船はやさしく確実に大海原を進んで行くのだった。




 続く

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