第8回 カトマンズの闇もう一回

 俺はまだカトマンズにいた。


 自分が生きているということを実感できるのなら、死んでもいい。なんてふにゃけたことを思って旅行をしていた。面倒だったから保険にも入らなかった。怖いところにずんずん行って怖い思いをしようと躍起だった。暴力沙汰には何回も遭遇したが、殴られるのも怪我するのも、嫌だけど、覚悟はしていたからそんなに辛くは無かった。ヒンズー教徒の無礼さには閉口したが、聞いていたことだから我慢できた。カトマンズにいる間の俺は無気力で、何の展望も無くて、ただただ日々を、時間を殺していた。暇だった。何にもすることが無かった。何もする気が起きなかった。


 Kさんは若く見える30歳で、誰とでも屈託無く話せるような明るい人で、ビザを更新するためにネパールに来ていた。インドに夫婦で在住していてインド人と組んで何かビジネスをやっているらしい。フレアのジーンズがよく似合うお兄さんだった。そんなKさんと一緒にカトマンズの居酒屋をはしごしたり、屋台でヤギやらバッファローやらを食ったり、カジノ行ったり、うんこまみれの靴を靴磨きに磨かせたりして毎日を過ごしていた。


 ある日、Kさんに「こないだ街ぷらついてたら知り合った奥さんが日本人っていうネパール人と今夜飲むんだけど、下地君、よかったら来ない?」と誘われた。暇な俺は、「あ、行きます。是非行きますです」と答える。



 高地にある割には東京よりも温暖なカトマンズの2月。そのネパール人はお土産屋を営んでいて、俺らはなぜか店内で酒を飲むことになった。名前は忘れた。奥さんの日本人の写真をいつもしているロケットに入れているという人で、写真を見せてもらったら、もう、ちょっと言葉が乱暴だが、お酒をご馳走になりながらあんまりな言いようだが、なかなかデカダンスなお人だった。奇抜な粘土細工かと思った。化粧落としたマンバみたいなのだった。日本で男に相手にされない女性がネパールに旅行した際に生まれて始めてちやほやされて女に目覚めて、あれ?あたしってモテてる?って勘違いしてランデブー気取りで結婚しちゃった☆っていうありがちなしょぼいストーリーを想像して、なんか悲しくなった。彼には優しそうな人ですね、って言った。ネパール人は流暢な日本語で、「性格がとてもやさしい、これが大事ねー」と言っていた。Kさんも苦笑していた。
 ネパール人は奥から酒を出してきてくれた。ネパールの家庭ではロキシーというどぶろくを作るらしい。ものすごくきつい酒で、アルコール度数は何%だ?と聞くと、ネパール人は流暢な日本語で「100%だね」と言った。んなわけないがな。でも、火を点けたら燃える酒だった。売り物のグラスを袖できゅっきゅっと拭いて、それに注いで、屋台で買ってきたヤギのねぎ焼きを肴に3人で飲んだ。すぐに酔っ払った。酔っ払って菩提樹の実でできた首飾りを50ルピーで買わされたような気がする。マッチョな酒だった。硬い酒だった。


 べろべろになって、ネパール人にお礼を言って別れて、ゲストハウスに戻って俺の部屋で飲みなおした。今度はインディアンウイスキーの水割り。Kさんといろいろな話をした。貧困のこと。階級のこと。インド人の人生観。仕事とは。日本食のうまさについて。Kさんが奥さんともう半年以上会ってないっていうこと。どこの国の居酒屋にも、たった一度酒を一緒に飲むだけで一瞬で一生分分かり合うことができる人がいるということ。動いてりゃ何かにぶつかるもんだ、っていうこと。二人ともアルコール100%のどぶろくにやられて、血の色が水色になっている。そこに安いウイスキーを足したら、脳が透明になった。
 Kさんは日本でずっと竿竹屋をやっていて月40万くらい稼いでいたそうだ。奥さんと一緒に金を貯めて28のときに全部辞めて上海から二人で地球一周の旅に出て、インドで富豪さんの夫婦と知り合い、お互い夫婦同士というのと持ち前の明るさでさしたる支障無く一緒に貿易業を営むことになって、今はアーグラーかどっかの郊外で会社を経営しているのだそうだ。
「カミさんとはさ、別にヤリたいとかじゃないんだけどさ。もう何年も一緒にいた人だからさ。なんかすげえ、会いたい、かな」
 とKさんは真っ赤になった顔で言った。
「どうせ会っても喧嘩しかしないんだけどね」
 自分のことしか考えん俺はもうべろべろで、「すいません、俺もう寝ますわ。ロキシーマジックですわ」と言ってぶっつぶれた。Kさんが、おやすみ、と言って俺の部屋から出て行く音がした。












 次の朝。ものすごい腹痛と吐き気とともに目覚めた。俺は傍らにあったゴミ箱をつかんでその中に吐いた。どんどん重くなるゴミ箱。手が震えて、細かく震えるゴミ箱。俺は寝ぼけながら、今まで体験したことの無い自分の体の変調に焦った。しばし混乱。目がちかちかする。俺は外にあるトイレに駆け込み、下半身土砂災害。洪水。ふらふらして部屋に戻ってベッドに倒れこむ。なんだこりゃ。ちかちかちかちか。

 体が動かない。体を壊してしまったらしい。頭痛がするのは二日酔いだからだろうか。首が痛いのは寝ちがいだろうか。最悪の気分で毛布に包まる。今日は動かないほうがよさそうだ。誰かに助けを呼んだほうがいいだろうか。汗をかいた脳で考える。やばい。保険入ってない。俺は異国で思いがけず倒れてしまった。昨晩何か悪いものを食してしまったのだろうか。

 悪いものしか食していないな。


 下がりまくったテンションで、ペシミスティックなことばかり巡る。腹が痛くて一歩も動けない。あまりに唐突な無力。うだうだと考えることしかできない。俺は今までの自分の業と罪と罰と難に溺れていた。焦っていた。やばい。死ぬかも。


 広すぎる宇宙と長い時間の中で、いや、宇宙なんて本当に、ある、のか?とにかく想像もできないくらいな巨大な何かしらの中で、俺の命なんかそこらへんの虫けらと同意義なんだろう。等価値だろう。ちっぽけなもんだ。俺がここで死んで無くなっても、余裕で地球は回り続けるし、人類の歴史には何の利害も無い。あ、俺、すげーありがちなこと考えてる。くそだせえ。ああ、故郷からこんなにも離れてしまった。一体何万キロ離れているんだろう?こんなとこで死んだら遺体とかどうなるんだろう。もしかして俺、ヒッピーの聖地で埋葬ですか?渦巻く嫌悪感。厭世観。

 内臓がぼっこんぼっこんに痛い。

 死にたくない。

 こんな所で死にたくないよ。

 誰か助けてよ。


 俺は地球とか世界とか、いろんなものに謝りながら、汗をだらだらかいて、ただただ謝りながら、小さくなって、あまりの腹痛に気絶した。

 汚いゲストハウスで首を吊って死んでいる自分の後姿をベッドから見るという最悪の夢を見た。

 俺死ぬかも、っていう死の感触を前に、俺は恐怖することしかできなかった。


 3日くらい食事できなかったけど、丸一日寝込んで、水飲んで飴なめておとなしくしてたら回復した。宿便が出た。ただの腹下しだったらしい。大病じゃなくてよかった。死にたくないということは、生きたいということで、まだ不満足だということで、俺はもっと苦しみたいんだろう。なんて健康を戻した体で暢気に考えたりする。俺はまた一回り分からなくなって、カトマンズからまだ出られない。
 Kさんはビザが取れると、酒付き合ってくれてありがとね、いつでも家に遊びにきてよ、と俺にお礼を言ってインドに帰った。今でもたまにメールする。


 おしまい

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