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第12回 四国遍路編4
7月21日 4日目 前編
したいな、したいや、リタイア☆(編集注:原文ハートマーク。以下☆マークに置き換えます)
そう、2003年の梅雨はしつこかった。7月下旬に入ってもまだだらだらとぬめぬめともわもわとにかにかと続いていた。びとびとびとびとって長細い線を垂らしながら周りが煙を上げて嫌がるのをあざ笑う天気が。水墨画が。鬱で包装パケットがそこらへんに散らばって足の踏み場も無いっていう空気が。 雨だ。雨が降っている。俺はそれをただ、あんぐり口を開けて眺めている。あー。4日目、早朝。一人。俺は第十一番札所藤井寺のふもとにある銭湯「鴨の湯」の駐車場の前にあるお遍路さん向けの無料接待所の3畳くらいの小屋に寝転んで、俺は雨を眺めている。the善根宿。灰色の雨を眺めている。体も疲れている。水100%の雨を眺めている。右足が痛くてずっとさすっている。この雨の中を、歩いていく気持ちのきっかけが掴めなくて、ぐずぐずしている。湿気と一緒に底のほうに溜まっている。待っている。無を待っている。動けないでいる。
第十一番札所藤井寺と第十二番札焼山寺を結ぶ道は四国遍路最大の難所で「遍路ころがし」と呼ばれている。ここで辞めちゃう人はかなりいるらしい。全長12キロ、健脚でも5時間を要するthe山道。当然未舗装。これこそ修行。これこそ遍路。ビバ遍路。遍路ころがし。転がらなきゃいけない俺。そこにこれから挑むらしい俺。
昨日の晩は楽しかった。途中で知り合った、夫婦でお遍路を歩かれている方たちとお話。旦那さんと銭湯に入って裸の付き合い。ビールを飲む。旦那さんはバブルのころにアイドルを撮ってぶいぶい言わせていた元売れっ子キャメラマンで、思うところがあり仕事を辞め、貯金を切り崩しながら世界をキャメラ一つ持って飛び回り、もう10年世界中の家族の笑顔の写真を撮っているのだそうだ。モロッコで知り合った真言宗の寺の娘の15歳年下の奥さんと結婚し、その奥さんと修行と結婚旅行をかねて四国遍路。五反田の吉野家でバイトしてるから食べにきてよー。やっぱねー、勝てない笑顔ってのがあるんだよねー。
朝方ご夫妻はまだ暗いうちに雨の中を、寝ている俺を起こしてしまわないように気遣いながらご出発されました。俺は起きたけどなんか悪いかなって思って寝てるふりをしました。そして今。小降りになるかなって思ってたんだけど、止まないや雨。俺は、かはぁーっやる気を吸う天気だよぅ、とひとりごちて、曇天を仰ぐ。
なんで最大の難所が4日目に来るんだろう。 だりぃ。 なんで梅雨が明けないんだろう。 うぜぇ。 俺何でこんなところにいるんだろう。 ぶへっ そこにあった宿泊客の大学ノートに、「したいな、したいや、リタイア☆」と書いてみる。…あまりの自分のチャーミングさが恥ずかしくなってあわてて消す。 「したいな、したいや、リタイア☆」 もういいよ分かったよ行くよ。仕方が無いからって起き上がって、雨合羽を羽織って、俺は行くしかないんだから、俺は進むしかないんだからって自己暗示をかけて小屋を出る。すんととすんととと真っ直ぐ降る雨の中を。徳島県鴨島町を。四国の右上のほうを。すんとと降雨の最中を。
歩きながら、耳にねじ込んだ黒いイヤホン。持ってきたCDウォークマンの中に入っているのは、何かを血迷って、中学時代の情念を呼び起こすためにチョイスした、脳みその足りない俺が夏、っていうフレーズで連想して選んだ、「THE BLUE HEARTS、STICK OUT」。
かたむいたこの世界から転げ落ちそう。
かたむいたこの世界から転げ落ちそう。
かたむいたこの世界から転げ落ちそう。
かたむいたこの世界から転げ落ちそう。
「遍路ころがし」は評どおりの難所だった。山だった。くねくねくねと細い道。震える膝。重い野宿セット。靴下までぐっしょり濡れて蒸れて気持ちが悪い。足の裏白くなってぶよぶよ。しかも雨のせいで同じ境遇の人が全くいない。坂道が小川になってる。俺は今までの過労と孤独感でへたり込んでしまう。やっべー。山の中。疲れたよ。まだ半分も来てないんじゃないか?遭難しちゃうんじゃないの?俺は焦りだす。日が暮れちゃったらほんとにやばいな。今日中に人里まで行かないとな。さみいよ雨。びしょぬれだよ。見ると、ちょっとたかいところで枯れかけ茶色紫陽花がしわしわになってにがにがしている。うわあ。どうしよ。周囲5キロに人間の気配がしねえ。山中。疲れたよ。
情け容赦ないフィッシャーマン
情け容赦ないフィッシャーマン
情け容赦ないフィッシャーマン
情け容赦ないフィッシャーマン
しょうがないよな。前に行くよ。ふてくされてふらふらと進む。すると歩いていれば何かしらにぶち当たるもので。進んでいると途中車道と山道が交差しているところに出た。そしてそこで偶然赤い四駆に出くわした。あ、人だ。と思ってみていると運転席からおじいさんが出てきて俺に言った。「兄さん、よかったら乗ってきますか?俺はかまわんよ」あらま。すごい偶然。こんな人気の無いところで。急展開。「あ、いいんですか?」
お遍路さんで、移動の接待を受けるっていうことは、あんまり良いことじゃないみたい。自分の足で歩くことに意味があるらしいから。でも俺にはそういう罪悪感というかルール違反とかいう意識のは全く無かった。だって俺の遍路、修行じゃなくて散歩だもん。足痛かったら休むさ。それに、単純に人の親切を遍く受けたかった。俺は好意は全部受ける。弱いから。
Iじいさんは奥さんに先立たれて年金で一人暮らし、山のふもとの家に俺を連れて行ってくれ、俺はそこでサロンパスとジュースを貰う。「きついでしょう歩き遍路は。大変ですよね」と饒舌に話してくれるIじいさん。首筋に黒い痣があった。「俺はね、中国に旅行するのが好きなんですわ、しかも北京とか上海とかやなくてね、もっと人が行かないところが面白いんですよ」と言って還暦を過ぎてからもう何度も行っているという雲南省の写真を見せてくれた。徳島の山奥のおじいさんの家で見る雲南省の少数民族の写真。ビビッドな服装の人たちのありふれた、普通の、生活風景。埃と霧と森の写真。Iじいさんはアルバムをどんどん出して見せてくれる。「これが孫ですわ。かわいいですよ。金よこせとしか言いませんけどねぇ」すべり台をすべる小さな女の子。赤いスカート。白いブラウス。はにかんだ笑顔。祖父の目線。 「写真好きなんですね」と俺が言うと、Iさんは「年取ると暇ですからね。何かやらんとぼけるのですよ」と言って笑っていた。「昔は遍路はリヤカーマンとかがやるものやったんですよ、最近はあなたみたいな若い人が増えてますけどね」「ここら辺は林業がさかんだったんやけどね。もう不景気でどこも大変なんですわ。木売っても中間業者代差し引いたら何も残らんのですよ」たくさん話をした。やさしい人だった。しっかりした人だった。山のくねくね道で車をびゅんびゅん飛ばす人だった。
びゅんびゅんIさんの車でびゅんびゅん、一気に第十五番札所国分寺まで打ち終わる。ほんとに、3時間前の地獄が嘘のよう。捨てる神あれば拾う神あり。俺は助手席で文明の利器を素直に賞賛する。車ってすげえ。ビバカー。寺は五時になるとしまってしまうのと、あんまり迷惑をかけたら悪いかなって思ったので、第十六番札所字観音寺の近くの公園で降ろしてもらう。感謝してもしきれない。Iさんに、「本当にありがとうございました。助かりました。面白い話もいっぱい聞かせてくれて」と俺が言うとIさんは握手してきてくれた。「気をつけていくんやで」と言うIさんのこえが震えていた。え、っと思って顔を見ると、
Iさんは泣いていた。
ドキッとした。
続く
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