第14回 Sally Cinnamon

 別に何も、することもしたいことも無かった。

 ただ、綺麗なものが見たかった。




           
Sally、あなたに出会うまで僕は、超不幸だったんですよ。

 なんかもっともっとって感じだった。

                 雨雲。

     そうそう、いっつも追いかけられてたな。

                          雨がびしゃびしゃ降って。

        涙と混ざって。

    不安を和らげて。





 あまり寒くない冬だった。2001年12月末日。21世紀最初の大晦日。大学1年の冬。バイトも大学も休みなので、俺は特にやることも無く、共に新年を祝う友人もおらず、家で一人でたらたらとテレビを見ているのも興ざめなので、小旅行をすることにしたのだった。
 行き先は、東京都の9分の1の面積!を誇るという、奥多摩村。上京してきてからずっと「奥多摩」が気になっていた。
 「オクタマ」、ヌケサクな響きではないか!俺は奥多摩に行きたかったのだ。何か、そこに行けば何か綺麗なものが見れる気がしていて。
 何となく。
 早速準備をして、スニーカーを履いて、ドアを開けて外に出て、鍵をかけて、出発する。



                 
天国から発信してくださいな。

         Sally Cinnamon、あなたは僕の世界です。




 黒いトートバッグだけ持って、分倍河原で南武線に乗って立川駅。
 ごちゃごちゃしたホームで少し迷って青梅線を見つける。坊さんの走る季節の人々は忙しそうで、今年最後の灰色。俺はほとんど客のいない青い電車に乗り込む。ふすすす、と言ってドアが閉じる。電車は勝手に走り出す。すととと、と言って走り出す。
 外の景色を見ると空は曇っていた。強い風が吹いていた。俺はCDウォークマンのイヤホンを取り出して耳の穴に突っ込む。マッドチェスターが流れ出す。気分が高揚してくる。今、俺は楽しいことをしているんじゃないかって気がしてくる。周りのものが正しいものに思えてくる。数学的に、世界があって、それはそれでいい。俺はぽっかりした気分で、全部を肯定する。そんな気分になる。


 そう、別に何もないんだ。

 ただ綺麗なものが見たいだけなんだ。




          
変な顔の僕は、pop pop pop blow blowバブルガムで。

     あなたはチェリネードの味がする。

     何かがあるよな。ね、あなたは僕に教えなきゃなんないんじゃないですか?

 あなたが何製かってこと。

                        甘い砂糖と辛いスパイス?

      あと適当にいい感じのやつ?



 1時間ほど揺られただけで、勝手に電車は奥多摩に着いた。何も無い駅。木造駅。立川で自動改札を通った切符を、駅員に渡す。昔ながらの寸胴ポストがわざとらしくたたずんでいて、高い杉の木が何本も生えている。駅前のお土産やからはなぜかcoccoの数年前のヒット曲が流れていて、俺は自分の故郷を思い出す。そしてまたいつものフレーズが降りてくる。
 何で俺はここにいるんだ?
 この躁鬱の繰り返し。曇天がにがにがと湿っていて、俺はとりあえず小さな街を散歩する。東京農業大学の畑がありますよーの看板を見つけて、農大の人も大変だなーと思ったり。ちろちろと流れる川を見つけて降りて行って冷たい水を触ってみたり。猫とにらめっこしたり。犬に吠えられたり。



  
天国から発信してくださいよねー。Sally Cinnamon、あなたは僕の世界だ。


              あなたは僕の世界なんだ。




 綺麗なものが見たいんだ。それだけでいいじゃないか。




 
あなたのその鋭い眼光は、まるで飛び散ったガラスの小さな破片全てから見つめられているようだ。

        あなたの微笑みは、

            もはや全てに基因されている。





 奥多摩温泉「もえぎの湯」の看板を見つける。温泉、いいじゃない。年末全開でも営業していた。よかった。早速入って散歩で冷えた体を温める。当然のように他に客なし。俺はだだっぴろい温泉を750円で貸しきって、満悦。鼻歌を歌う。
 備え付けのボディーソープを思いっきり使って、体を洗う。俺だけのために張られたお湯にぶくぶくと浸かって、体を濡らす。
 誰もいない大浴場。
 奥多摩。



 
Sally Cinnamon、

 あなたこそが

  あなたこそが僕の世界だ。



 一人で温泉で泳ぐ大晦日。バタフライ大晦日。別に良いじゃないか。俺は綺麗なものが見たいだけなんだ。




 めっきり1時間くらいつかったあと⇔泳いだあと、風呂を上がって、備え付けのドライヤーで長髪を乾かす。そろそろ夕方。帰ってK−1見ないとな。おたおたと着替える。
 駅まで戻って蕎麦屋で山菜蕎麦を食う。一人で頬張る年越しそば。そこら辺の山で採ってきたのか、灰汁が強くて苦い。しこしこした麺を胃に収めて、俺は家路に、家路を、家路。もうすぐ来年。もうすぐ2002年。全然寒くない冬だな。青梅線を都会へ上る。戻る。耳にイヤホンを差し込む。駅で切符を買う。ホームで電車が待っている。ベルがぴりりると言って、ドアがふすすす、と閉まる。電車が走り出す。さらば奥多摩。
 俺はどこに行くんだろう。音楽を聴いている。

 水色の音楽を聴いている。



                    
そんで、

                     僕は手紙を、

                     あなたを見つけたところへ

                    戻すんだ。

                     そこは灰色の街の

                       汚れた電車の

                    あの娘の青いジャケットの

                           小さな

                    小さなポケットの中。




 俺はね。綺麗なものが見たいだけなんだよ。



         
彼女へ天国から発信します。


     Sally Cinnamon、

            あなたは彼女の世界でもあるんだ!





 電車が勝手に進む。電車が勝手に走る。電車がすととん、と行くよ。

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