第20回 カンボジアの頃 其の一 衝動

 上京したての19歳の夏にカンボジアを10日間旅行したことがある。それが俺の初めての海外旅行だった。何も分からず行き当たりばったりで決めてちゃっちゃっと行ったから、今思えばずいぶん金銭的に損をしたなあと思う。貯めたバイト代を崩して、初めてパスポートを取って、初めて海外の航空券をH.I.Sで買って(最初で最後!)、初めて『地球の歩き方』を買って、空気入れたら枕になるやつ買って。もう出発の1週間も前からワクワクしてて。ふわふわっと飛行機に乗っていったのだ。ハイテンションの年齢だったから。何にも考えてなかった。

 なぜ初めての海外旅行がカンボジアだったんだろう。あれから18年経った今思うと、若気だなあと思うけど、あの頃の俺の胸には確実な強固な真っ白な悲しい衝動があった。自分の住んでいる場所から離れて、世界を見てみたい、なんて、たかが旅行なのに思っていた。そして、このぬるい日常では経験できないことをしてやろう、見てやろう、突っ込んでやろう、食ってやろう、遊んでやろう、暴れてやろう、と、思っていた。

 カンボジアに行きたいと思った理由は3つあった。

 浪人生だった頃、よく沖縄県浦添市のアパートで、TSUTAYA内間店からビデオを借りて観ていた。ちょうど18歳で、堂々とAVも借りられるようになった頃で、調子に乗ってバカみたいにエロビデオを借りては観ていた(この時期の女優だけは今も詳しい)。そのうちせっかくだからちゃんとした映画も観ようかな、てなって、キューブリックやらコッポラやらを知ったかぶって観たり、ニコール・キッドマンに恋をしたりしていた(昔から年上好き)。そう、なんか知らんけど金城武が好きだった。『ニュートークデイドリ−ム』とか。そんな感じで受験勉強もしないで観まくっていた映画の中に『地雷を踏んだらサヨウナラ』があった。アンコールワットを背景にクメールルージュの兵士の写真を撮って、ジャーナリストとして写真家として人間として歴史に名前を残そうと、単身戦場に、カメラ片手に赴いた一之瀬泰造。浅野忠信の演技。見終わった後すぐにテープを巻き戻してもう一回観た。TSUTAYAに引き返して文庫本『地雷を踏んだらサヨウナラ』を買って貪り読んだ。彼の生き方に共感して心服して、泣いた。俺はこの人みたいに、求めることに一心不乱に、ストイックに、いたいと思った。彼はアンコールワットを見られずに死んだ。俺は彼が見たかったものはどんなもんなのかと思った。で、俺はアンコールワットを見たいと思ったのだ。彼と同じ感動を得たくて。
 ん〜。若い。
 浅野が映画の最後に嬉しそうに一人ごちるシーンが脳裏に焼きついて困る。
 「…カメラだよカメラ!」

 これがカンボジア行きたい理由1つ目ね。



 続く

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