第22回 カンボジアの頃 其の三 空気

 どうしてそこへ行きたいのかって言ったら、それが俺に似合うから。


 ずーっと頭良くなりたい、頭良くなりたい、って念仏みたいに唱えながら生きていた。勉強のことではなくて、人間として、人に人生を語れるような。そういう頭のよさ。中学生の頃の自分が出会いたかった大人になりたい。人に尊敬されたい。ワナビーアドアード。そんな19歳。そのためには経験をつまなきゃいけないだろうと一人旅。旅なんて逃げみたいなもんなのにね。このとき俺の矮小さに気づいていなかったんだ。自分はそのうちフォースを手に入れられると本気で信じていた。恥ずかしい話だけど。俺、解脱できるんじゃね?って思っていた。
 Babobobobo-nと宮古島を跳び越してシンガポールを乗り継いでエアプレイン。夜中真っ暗な機内で、俺は小さなイヤホンを耳にして小さな音でどこぞやのクラシック音楽を聴いている。耳から体にしみ込んでくる音楽。脳が溶けて俺は寝てしまう。なんでこんな小さな音なのに、大空に浮かんで東シナ海を突っ切って、宇宙からしたら小さな小さな飛行機の中なのに、些細な些細なメロディーなのに、こんなに気持ちが安らぐんだろうね。不思議だ。飛行機はBobabobabo-nってプノンペン空港に着いた。
 飛行機はカンボジアに、着いた。

 ビザを取ったり入国検査したり。周りは外人ばっかし。あたりまえだけど。俺は外国に着たんだなあって実感。みんな何言ってるかわかんねえ。なんか読めない字がいっぱい書いてあるよ。空港の造りがなんか日本と違う。建築もこんなに変わるもんなんだね。皆色が黒いよ。天井でファンがふるんふるん回っているよ。俺はおっかなびっくり何とか事をこなして、入国。無事に、入国。

 空港を出て、片言の英語でびびりながら交渉して、適当なやつ捕まえて、バイクタクシー略してバイタクに乗ってゲストハウスへ。なんていう名前のゲストハウスだったかな。忘れた。ノーヘルで暴走族みたいに、二人乗りバイクは車を追い越しながら茶色い道を走る。最悪の交通マナー。土煙。太陽。ああ、これは運悪かったらすぐ死んじゃうなあって運転。初めての海外の空は日差しは、まあ俺の故郷くらいの青さ強さで、そりゃ東京と比べたら暑かったけど耐えられないというほどでもなく、ものすごく暑い日差しでザ・赤道ってのを想像していた俺は完全に肩透かし。何だろう。この感覚は。想像外だ。
 普通じゃん。

 そうだ、空気だ。空気が同じなんだ。
 確か空気は窒素が78%、酸素が21%、アルゴン、炭酸ガス等が1%ってんで構成されてんだよな。で、その比率は当然地球上なら大体同じなんだな。当たり前だけど。カンボジアの空気も俺が今まで吸っていた空気と同じ気体の構成比でできた空気だ。外国でもここは同じ星の上なんだ。国境はあっても繋がっているんだね。俺は空気の味が同じだということに、なぜか安堵。なんか感動。そして納得。俺は地球の上をバイクで走ってる。俺は地球の上にいる。なるほどね。

 バイタクはゲストハウスに着いた。初めての海外で初めての宿。どうやって泊まるんだろ。大体日本でもこうやって宿とった事無いぞ。まあなんとかなるかと入ったら、すごく太ったおばちゃんが出迎えてくれて、かなり流暢な英語で話しかけてなんなく、部屋に入れた。ここでよかったんかなとか思ったけど、まあいいや。安宿だけど、一泊4ドルで個室で、綺麗に掃除されてていい感じ。宿泊客に日本人はいないっぽい。

 その宿の腹が減っていたのでおばちゃんに飯屋はどこかと尋ねたら、メニューを持ってきて、自分が作る、と言うから、ようし作ってくれ、て、ライスを炒めたって雰囲気の単語のやつを頼む。すぐできあがっておばちゃんは満面の笑みで持ってきてくれた。屋上で食った。旨かった。コメ一粒残さず食べたら喜んでくれた。満腹。ハンモックがあったのでそこで少し昼寝。

 ハンモックに揺られて、俺は異国にいるのに、なんか懐かしい気分。満腹だし、ああ、ストレス解消ですわ〜、大してストレス感じるような人生送ってないけどね。ハンモックで寝るのってもしかしたら初めてかも。ゆらゆらぐうぐう。ゆらぐうぐう。



 夢を見た。子どもの頃の夢。夏の夕方。ここは祖父祖母の家だ。若貴の出ている相撲を見ている。塾の帰りだな。俺は甘い菓子を食べる。古くて、人の油が染み込んでてかてかになってる畳の上で。俺は甘い、ビスコとか、黒糖とかそんな類の菓子を祖母に勧められるがままに食う。甘い、甘い。外は殴られたみたいな紫色の夕焼けで、止まってしまうほど綺麗。風が強くて窓をがたがたいわせている。こういう空の次の日は台風なんだ。みんな知ってる。そう思った。



 起きるとまだ昼の1時くらいだった。おばちゃんがいて、おう、と挨拶すると、「トゥールスレーン博物館に行くといいよ歩いていけるから。向こうのほうだ。地図は持ってるんだろ?」的なことを言った、ような気がした。リコメンドリコメンド言ってた。おばちゃんは笑ってた。


 そんなに勧めるんならしゃーない。そこに行くことにした。

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