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第23回 カンボジアの頃 其の四 粛清
君たちはトゥールスレーンを知っているかね?
知らない人はぐぐってみよう。俺のくだらない文章より興味深い記事がたくさんあるはず。凹むよ。画像も誰かさんのHPにきっといっぱいあります。俺は持ってない。ちゃお。
泊まっていたゲストハウスから10分も歩かないところにトゥールスレーン博物館はあった。おばちゃんに言われたとおりに歩いたらすぐに着いた。そこはポルポト政権下になる前は学校だったところだけど、クメール・ルージュが暴れだすとともに囚人収容所として使われ、多くの無実の人の処刑が行われた世界的にも有名な虐殺の場所。一見普通の学校なんだけど、中に入るとベッドだけがある部屋があって、壁にそのベッドの上の死体の写真があるという強烈な演出の部屋や、収容されていた人が描いたというおぞましい拷問の絵、レンガで仕切られた監禁の牢獄があったりする。ベトナム軍がプノンペンに侵攻した際に、クメールルージュは受刑者を殺して放置してから逃げたらしい。その時に撮られたおびただしい数の死体の写真。床に広がる血痕の後。ぼろぼろの布に染みついている血。冷たい冷たい展示物。
処刑する直前の人の写真をいちいち一人ずつ撮っておくという、理会不能の悪趣味なことをしていたらしく、その写真を展示した部屋が何室も何室も続く。ところ狭しとずらりと壁一面に並んでいる写真。死を目前にした人の写真。圧巻。圧迫。これでもほんの一部なのだろう。老若男女。小さな子どもも老人も若い女も白人ジャーナリストも同じ表情で、諦めた表情で、同じ色の目でレンズ越しに時間越しに俺を見つめている。何なんだこれは。
レンガで仕切られただけの独房。トイレみたい。1畳くらいの広さしかない。それがまた何部屋も何部屋も。真っ暗で、寒気がする。こんなところに閉じ込められる気分ってどんなんなんだろう。
俺のほかにもたくさんの観光客がいて、白人ばっかだったんだけど、その人たちは一心不乱に写真を撮り続けている。ぱしゃぱしゃ。ぱしゃぱしゃ。顔に前のワールドカップの頃の宮本みたいにバッテンをつけられたポル・ポトの銅像。ぱしゃぱしゃ。壁に観光客の落書き。why、とだけ大きく書かれている。ぱしゃぱしゃ。これだけ撮れば一枚くらい心霊写真撮れてそうだな、て思う。頑張れぱしゃぱしゃ白人。織田無道に報告だ。
出口のところにでっかいカンボジアの地図。その地図が普通の地図じゃない。人間の頭蓋骨で作られている地図。ちゃんとトンレサップ湖があって、メコン河も流れてるよってあほか。なんでこんなもん作んねん。何の意図があるのかさっぱり分からん。どんなセンスやねん。そら関西弁にもなるわ。訳は分からんけどものすごい衝撃。戦争の被害者の無実の遺骨でこんなことしていいのか?いいっていうなら俺がとやかく言うことじゃないんだけど。とにかくすごい。立ち尽くす。
宿のおばちゃんはなぜこんなものを笑って、「見てこい」と言ったのだろうか?全然楽しくないぞ。重いわ。
重い気分で博物館の庭へ出る。そこには絞殺刑に使われたという鉄棒がさびながらもぽつんと残っていた。鉄棒。学校にある普通の鉄棒。3つあって、左から順に高くなっていく。
一応沖縄出身の俺は戦争の話は子どもの頃からよく聴いた。日本兵も信じられなかったとか。カタツムリ食ったとか。カエルはうまいとか。でも俺が子どもの頃から聞いている戦争の話には必ず、「戦争はしてはいけないものだ」という「教育」が背理にあった。ひめゆりの悲劇を二度と繰り返してはいけません。原爆では影だけ残して人間が蒸発したんですよ。戦争は2度と起こしてはなりません。戦争は悪です。
でもトゥールスレーンにはそんな頭ごなしな啓蒙は一切無い。 ここで、虐殺が、罪の無い人を権力で殺すという事態が、人間が人間をしかも同じ民族同士で殺すということが、ここで、この場所で、あった。
ここで人が人を殺したんですよ。
ただそれだけ。
博物館のパンフレットにも悲壮を込めた記述は一切無い。英語で書かれてるから俺の読解力に疑問はあるけど。
ここには事実しかない。
考えてしまう。 平和、なんて戯言なのかも。ここには現実しかない。これを見た感想が「why」、なんて高邁な気もする。ちょっと想像力さえあれば、悲惨な目にあっている人はいくらでもいることは分かっている。今現在も戦争や紛争は起こっている。日本にいる人だって、全員が幸福ではないだろう?ホームレスと難民の差ってあるのか?人は人を殺すものなんだ。そんなの、当たり前じゃないか。突きつけられた。
胸がむちゃくちゃ重い。
もしかしたら、世界ではそのほうが、戦争はあるものだ、人は人を殺すものだ、って考え方のほうが、スタンダードで、平和平和言ってんのは日本人と、リベラル白人だけなのかも。平和ってなんだ?
黒い気分で博物館を出る。
振り返ると元校舎の屋根には旗竿があって、赤いカンボジアの国旗が青空にばたばたとはためいていた。どうやら、ここはカンボジアらしい。 19歳の俺はまだ分かっていない。なんであのおばちゃんは笑っていたのかっていうことを。
ショッキング〜でふらふら宿に戻る。ぼこぼこの道路で子どもたちがサッカーしていた。ドリアンの殻がやたら捨てられていた。臭い。もう夕方だ。一日目からハードボイルドカンボジア。街の喧騒。子どもの笑い声。活気の市場。初めての海外。
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