第35回 K 前編

 今日はKの話をしよう。あれからもうすぐ1年経つ。今から書く文章はとても暗い話だし、あまり生産的ではないような気もする。こんなナルシスティックな文章をネットに載せて垂れ流すなんて、俺は最低なやつなのかもしれない。たくさん批判的な意見があるだろう。もし俺がKの家族だったら、と想像するだけでも吐き気がするし、自分の厚顔無恥さに心底呆れる。でも、俺は、この文章を書きたいのだ。自分のために。胸のもやもやを言語化して気持ちを落ち着ける。よくある話だ。そう、自分のためだけに。俺はこの文章をここに載せる。


 Kは1年前にイラクで死んだ。


 イラクに行きたい、いや、イラクに行こう、とかなり本気で思っていたことがある。2004年当時のイラクは、人類の注目を一番集めていて、一番新聞に載っていて、一番人が殺されていて、一番誰も行きたくないと思う場所。戦争の場所。殺人の場所。狂気の場所。まさに時代、歴史が毎分ごとに製造されている場所。歴史の製造、なんてひどい発想だけど、俺はそう思ってしまうんだ。よりどころが無いから。俺は自分の好奇心の限界をまだ知りたくなかった。今までの旅行の経験から、戦争している場所でも、日本人なら大体なんとか行ける。と感じていた(イスラム圏の、キリスト教が嫌いな人が住んでるところは白人は大変らしいし、黄色人種でも中国人は嫌われる。日本のパスポートは北朝鮮以外なら大抵一発で行けるフリーパスだ)。
 俺はイラクに行って、ミサイル、という鉄の塊で人間が木っ端微塵になる瞬間をこの眼で見たい。人間が自爆する瞬間を見たい。フセインが吸っている空気と同じものを吸いたい。宗教戦争を体感したい。石油の取り合いを野次馬見学したい。なんて本気で思っていた。ほんと、好奇心だけでそう思っていた。他に何の理由も無く、そう、Kと同じように。模糊すぎる動機で。


 でも俺はイラクには行かなかった。雑誌を作ることになったから。もし、当時俺の周りにいた人が出版について何も言わなかったら、俺はイラクに行っていただろう。誰が止めても、俺はイラクに行っていたと思う。別に死んでもいい。俺はいつ死んでもいいように毎日を全力で生きてる。それは日本にいても外国にいても同じだ。そんな格好をつけて、中東に向かったはずだ。日本からどれだけ離れることが出来るか。この退屈をどうしたら埋めることができるか。そう考えて。


 Kのことがニュースになった。マスコミは騒いだ。自業自得だろっていう奴がいた。迷惑なバカな若者だって言う奴がいた。何でこんな奴に国益を損なわれなきゃいけないんだ、という奴がいた。宿で会った映画監督に、「そこに行くのは危険だからやめたほうがいい」と止められたのにも関わらず、「何とかなると思います」とKは言った、と報道された。Kは、「協調性のない最近の若者」と世論にナイズされた。死んで当然、俺の周りの奴らも薄笑いでそう言っていた。

 死んで当然、か。

 ただ、死んでもいいから見たいものがある人は、死んで当然、て思われるのか。

 確かに論理的には合っている。


 何ともならなかったKの映像は日本中に流れた。拘束されたKは、長髪で、若者で、同じ世代で、俺と同じで、後手で、カメラに向かって弱弱しく、うなだれて、「日本に帰りたいです」、と呟いた。かぼそく。俺はそれを秋の東京の片隅のアパートのぼろっちいテレビで、腕枕で、バイトに行く前に、見た。ショックだった。


 この人に死んでほしくないと思った。

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