第39回 四国遍路編13

 7月28日 11日目


 おっさんが言った


 朝方はさすがにトイレも寒くって寒くって。朝5時。明るくなってきた。もう起きる。くそー俺は『水辺』に負けちゃったよ〜、つって(第31回四国遍路編12参照されたし)。関節がかちこちだー。関節にあって、液体であるはずの何かがゲル化してるよ。さむー。うほほーい。トイレで顔洗って歯をみがいて荷造りして、おっしゃ、俺はまた歩き出す。ちょっと歩いたら周りの気温が上がってきた気がして、やっぱり川の側は寒いんだねって、学んだ。もうちょっと先へ行ってから野宿場所を探せばよかったよ。毎日勉強。毎日経験。まだ目覚めてない街をつかつか行く。朝の道。モーニンロード。眠たい目をこすりながら、俺はほとんど反射のように、当たり前で道を歩いていた。いつの間にか、遍路が日常になっていた。体が勝手に歩いていた。体が勝手に遍路を遂行していた。
 またちょっと行くと、道端にでっかい中型犬くらいの得体の知れない生き物が口から血を流してぶっ倒れていた。そばに掃除をしていたおばちゃんがいて、俺を認めて大きなジェスチャーで伝えてくる。
 「ハークビシンやで。ハークビシン!!」
 そのハクビシンは、おそらく車に跳ねられたのだろう。ベロを垂らした口からアスファルトに赤黒い血の線が一本ひょろひょろ。早朝の静かな空気のもやの中でこてん、と転がっていた。
 「鼻のところが白いやろ。せやからハークビシン。白い鼻じゃから白鼻シン。」
 おばちゃんは朝からうるさい。シンは何なんだ?
 「山から下りて来たんですかねえ」
 と俺が言うと、
 「ここら辺には山はあらんで。でっかいハークビシンじゃー。朝やから保健所に電話しても通じひんのじゃー」
 とやっぱりうるさい。ハクビシンは死後硬直していた。まだ太陽の昇っていない薄い空に突き立てた短い四本足。かっちこち。うわあ。夜中だったんだろうな。即死だったんだろうな。はねた方もびっくりしただろうな。こんなでっかいのはねたなら衝撃もそれなりにあったろうな。ハクビシンの血はハクビシンが転がった分延びている。唐揚げみたいに死骸。朝から死骸。ふーん。
 「夜のうちに車にひかれたんじゃー」
 「でかいですね」
 「でかいじゃろー。ハークビシンじゃー」
 「じゃ、俺行きますね」
 とおばちゃんに言うと、
 「ええもん見れたじゃろう」
 と言った。
 そうか?と思ったが、そうかもな、と思い直した。



 コンビニを見つけ、朝飯を食おうと中に。ぶいーん、と自動ドア。いらっしゃいませこんにちは、は全国共通の挨拶。与那国島から宗谷岬まで。同じ。緑のファミリーマートの真っ白な店内で適当に弁当を物色して、よっしゃ朝からしょうが焼きっつって、レジに行くと作業服のおっさんがタバコを買っていた。おっさんは酔っ払っているっぽい。飲み屋さんからの帰りですかね。俺の、お遍路さんです!な格好を見て、驚いた表情。話しかけてきた。
 「にいちゃん。お遍路廻りよんのか」酔っ払いの語り口も全国共通。
 「そうですよ」と俺は応えた。
 「ほぁ〜、そらえらいのお」
 「どこまで行くん?」
 「最後まで行きますよ」
 「75番か!」
 「88番ですよ」
 「ほうか」
 「ほうです」
 「きついやろ」
 「きついですね」
 「なんできついのにやるん?」

 ん?俺は答えを言い淀んだ。

 「きついなら止めたらいいやん」

 なるほど。その通りだ。

 俺がほう、と思っていると、店員の兄ちゃんが、まあまあ、チンピラじゃないんですから〜、と横槍を入れて多分俺をヘルプしたつもり。おっさんは白い歯をみせてにやにや笑ってそのまま店を出て行った。俺はしょうが焼き定食を買って、店の前の駐車場にヤンキーばりに腰をおろしてそれを食いながら考える。なるほど。気づかなかった。なぜ歩くのか、は分からない。これはいい(よくないけど)。でもなぜか俺は歩いていて、ではなぜ歩くのを止めないのか、も分からなかったのだ。なぜ歩くのを止めないのか即答できる心構えが、俺には無い。それなのに歩いている。なぜだ?俺はなんて言えばよかったんだ?


 俺は、うーん、となった。頭の上をとんびがぴーよろろ、てFAXの送信音みたいな音で鳴きながら飛んでいるのが聞こえた。どうやら一日が始まるらしい。まだ夏らしい。まだ朝らしい。今何かが始まっているか?そうでもないか?

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