第41回 1泊6日の北海道旅行 酒宴編1

 桃色の安っぽい洗面器。平べったく広がって。まるで蓮の葉のよう。仏の鼾が聞こえる。そいつに氷。ごろんごろんと角砂糖のよう。南極から流れてきた氷山のよう。入れ、琥珀色のジャック・ダニエルをメエプル・シロップのようにたらたらと注ぎ、上から水を、娯楽室の入り口近くの冷水機からくんできたよく冷えた透明で、ひたむきで、無垢で、哀しくて、やわらかい、抱きしめたい真水を、義と智を込めてぶっかける。
 それでフェリー割りは完成。走り出す甘味。宵の酔いはセイレーンの調律。たゆたって。めきしこんで。ふさまらけって。ぴよろてとり。
 「まあ大体ここいら一体のイカ釣り漁船の連中はこの飲み方で飲むらしいよ」と山田が言った。
 「マジで?」とマルクが言い、
 「ほんとほんと」と山田が言う。
 「へー。そうなんだー」
 「ちょくちょく覗いてるブログがあってさ」
 「おう」
 「あ、俺がね。俺がちょくちょく覗いてるブログ」
 「おう」
 「俺が、面白いなあと思ってて、」
 「おう」
 「良く見るブログがあって」
 「おう」
 「ブログって分かる?」
 「おう。知ってるよ」
 「それにさ」
 「おう」
 「そのブログに」
 「おう」
 「その面白いブログに」
 「おう」


 「載ってた」


 「おう」
 「イカ釣りの飲み方ね」
 「はぁ。いろいろ見てるなあ。基本的にアンテナ高いよね」
 「俺はエッフェル塔だからね。親が」
 「むっはあ。やっぱあ。山田は物知りだな。何でも知ってらあ。今度から『歩く百科事典』と呼ばしてもらわあ」
 2人はしばし殴りあうのだった。


 夜は、もう、息が詰まるほど夜で。

 そして、
 「ふむ。酔いが回ってきおった。わしは今、船酔いと酒の酔いでダブルドランクである。ままならないことよ」とマルクが言い、
 「なあに。俺はその2つに加えて、このゆっくり時の過ぎていく、俺らの大いなる旅路にも酔っているぜ」と山田が言い、
 「なんだ、ということはトリプルドランクか?」
 「そうだ、トリプルドランクだ」
 「ほんだら俺は、あれだもんね、自分に酔ってクワトロブルドランクだ!!!」
 「なにーぃ!!その手があったかーっ!!」
 「どうだーっ!!!」
 「くそーっ、じゃあ、じゃあ、俺は、俺はああ〜っ!!思いつかねえ〜っ!!」

 2人はしばし殴りあうのだった。
 そして、

 「やはり、男二人の旅は寂しいものであるな」とマルクが言い、
 「おし、女子に電話しようぜ」と山田が言い、
 「おし、じゃあお前のストック出せよ」
 「なんだよそれどういう意味だよ。ストックってなんだよ。ストーン・ロックの略かあ?」
 「ちげーよ。早くかけろよ」
 「かける相手いねーよ。大体おめー立川でぶいぶい言わせてるって噂じゃねーかよ。おめーかけろよ」
 「ばぁか。俺なんか全然モテねえよ」
 「えぇ?お前、こら、マルク、お前がモテ無かったらおれは何なんだよ。『モテない』じゃなくて『お手洗い』か?」
 「ぶは!おっめえ、それ、最高!超面白い」





 海水と羊水の成分は酷似している。それは当然である。最初の生命は遥かなる海で誕生した。今ある全ての生命はその最初の生物からの進化系なのだ。だから人間の羊水を含む体液が海水に似ていてるのだ。人間は母親の胎内でまるで進化するように約10ヶ月間を過ごす。魚類から両生類、爬虫類から哺乳類へと母親の愛情に満ちた海の中で。未来と希望を込めた海の中で。それが。それこそがまさしく、生命の神秘。



 「でもさ、ここらへん圏外なんだよねー、って携帯」
 「海の上だもんなー」
 「あれれ?でも良く見ると、アンテナ立ってるぞ」
 「おし、かけろ」
 「お前も立ってるだろアンテナ」
 「俺auだもん」
 「俺もauだよ。知ってるだろ」
 「じゃあ俺、あうだもん」
 「じゃあ俺、アステルだもん」
 「じゃあ俺、あすなろ白書だもん」
 「ぶは!おっめえ、それ、最高!超面白い!」
 「だべ?」
 「だから早くかけろ」
 「いねーつってんじゃん」
 「なんだよもう」
 「おめーちょーうぜー」
 「だってさ、おめえ唯々諾々とか言わね?かけろって」
 「…」
 「…」
 「…それは言葉の使い方がおかしい」
 「…うん。なんか言いたかったんだ」
 「まあ、カルチュラル・スタディーズだよね」
 「ボーカルがフレッド・ダーストっぽいよね」
 「ダウンタウンのエピゴーネンっつーかさ」


 マルクがテーブルを両手でどかんと叩いて言った。
 「しょーがない。こないだ授業で知り合った、リカちゃんにかけるわ」
 山田が左拳を耳につけ上げ、右拳を胸の辺りで固くキープしたまま言った。
 「いえーい」






 リカちゃんは電話を取らなかった。

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