第49回 大宅壮一文庫前から大宅壮一の墓前まで途中コンビニの軒数を数えながら行ってみる

 私が造っている(あえて、「造」っている!)『にやにや笑う』というミニコミの4号が、このほど完成いたしまして、『にやにや笑う4号白痴』っていうタイトルなんですけれども、今日はその中に収録されている、『大宅壮一文庫前から大宅壮一の墓前まで途中コンビニの軒数を数えながら行ってみる』、という企画について、今回のにやたびは、手抜きがてら宣伝がてら、書かせていただこうと、思っている次第なのであります。『にやにや笑う』にはハセガワ君やひだかきょうこさんも参加しているので、皆さんチェックするように。

 http://www001.upp.so-net.ne.jp/niyaniyawarau/niyaniya.html

 あ、HPは更新してないや。

 私はここ1年半ほど、著名な出版人の墓参りをするという、少々点数稼ぎチックなことを続けておりまして、今点数稼ぎなんて書きましたけど、実際は宮武外骨の墓を発いたり、菊池寛の墓によじ登ったり、岩波茂雄の墓を舐めたりするという、罰当たりな企画で、こんなことやってるんです、と人に話すとしかめ面をする人も多々いまして、私は人がしかめ面をするのを見るのが楽しいので、まあ、楽しいからいいや的なあれなのですが、ええと、私は人が死んだら石になるということが面白くてたまらなくて、皆死んだら一緒なんだねえ、っていう、自己満足ですね。そういうことを私はやっている人間なのであります。

 4号で私は、八幡山にある大宅壮一文庫前から鎌倉の瑞泉寺にある大宅壮一の墓まで全徒歩で、しかも途中にあるコンビニの軒数を数えながら歩くということを実行しました。意味は全くありません。約70キロの行程を歩破するのには0泊3日、かかりました。死ぬほど疲れましたし、とっても哀しい気持ちになりました。


 本誌に掲載されている本文から、引用というか、あ、ここから手抜きなんですけど、こんなことやってるよ、ってのを、とりあえず載せてみたいと思います。
 以下、午前4時に目的地に着いてしまい手持ち無沙汰になってしまった私が、仕方なく鶴岡八幡宮のベンチで横になってぐうぐう、野宿していたら、何やら辺りが騒がしくて、眼が覚めてしまったところからの記述からです。


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 なんか人の気配がする。俺ははっとして目覚めた。するとちらほら周りに人がいた。向こうのほうで子供がわいわいしてる。犬連れたおばちゃん。公園の掃除のおっさんが迷惑そうに俺を見ている。時計を見ると6時。ぴっきーん来たね。ラジオ体操だ。夏休みですからな。なるほどね。ここでやるんだね。俺、寝てられねーじゃん。起きろってか。仕方ない。手持ちぶたさになった俺は頼朝さんに会いに行くことにした。階段を軽快に登る俺。ちょっと無理してる。いや、ふらふらですよ。でも登りだしたら登りきるよ。かつて、一人の男が作った都。そいつは八百年以上経ってもまだ語られ、祭られている。かっこいいなあ頼朝さん。おいーっす。返事なし。まだ寝てるのか?俺は眠いぞ。手を合わせて、俺も天下が取るからね、ってこすり目で報告。

 体操は終わったらしく、人々は家路についていく。なんか、体操くらい家でやりゃいいじゃんね。俺はあまりにやることが無いので、またあのベンチに座る。そしてずーっと蓮華の花を見ていた。…2時間も。ベンチに腰掛けて、周りを朝から写真撮りに来てる地元民に囲まれて、俺、蓮の花を凝視。ひたすら開いて行く花を凝視。泥に根をはって白い花を咲かせる荘厳な仏の調べを凝視。その理由は寺が開かないから。気が狂いそうになったよ。蓮って、奇麗だよねー、なんて言う体力も無い。蓮。蓮蓮。はあ。


 午前8時40分。もういいだろ。ってさっき通った道を通って瑞泉寺へ。ふらふら。もうヒグラシは鳴いていなくて、代わりにアブラゼミが鳴いていた。
 やっと着いた。ここまで述べ36時間くらいかかってるよ。くだらねー。門で拝観料100円を払って中に入る。100円っていう値段がもうなんかムカつく。門衛のおっちゃんに聞く。
 「大宅壮一の墓ってここですよね?」
 「そうですけど、身内の方以外のお墓参りは出来ないんですよ」
 「あ、そうなんですか」
 あああ、とことんめんどくせえ。俺は塀登ってでも墓参するわボケ。歩いてきたんだぞ。こんな情熱を持っている俺が関係者じゃないわけないだろうが。大宅にも聞いてみろっつーの。おっちゃんに対して俺は笑顔。疲労困憊。もう歩きたくないよー、ってったら石段。また登るんかい。頑張って登って、泣きそうになって、『関係者以外進入禁止』って張り紙の門を開けて墓地へ行く。


 掃除しているおっさんが遠目で見ている。訝しげ。そうだよな。怪しいよな。ていうか、当たり前だけど、墓いっぱいあるじゃん。どれが大宅の墓なんだ?一つずつ名前確認しなきゃなんねーのか。そりゃあの掃除のおっちゃんに聞くわけにはいかないからなあ。身内じゃないですって言うようなもんだからなあ。面倒くさいなあ。なんかさー。「白痴」をテーマに雑誌作るとか言ってさ。俺鎌倉まで来て、大宅壮一の墓探しててさ。俺が白痴じゃね?なんかそんな気がする。きついわ。
 結局墓を見つけるのに15分かかった。
 最後まで疲れた。やっとたどり着いたぜ墓前。相当体力使ったよ。まあまあの激情だったんじゃないですかね?見ると誰が供えたんだろう。缶ビールがあった。お、と思って開けてちょっと飲んでみた。おえっ腐ってるわ!すっぱ!!捨てた。

 ラジカルな生をまっとうした大宅壮一は、亡くなったとき勲一等を授与されるという話がきたが、無思想人を標榜していたため、身内は辞退を申し出たそうだ。かっこいい。

 墓前ににやにや笑う3号を置いて写真を撮る。手を合わせる。ん。見てるかい大宅さん。俺はここまで来たぜ?お前の作った図書館からな。そっちの世界に行っちまうかとマジで思ったよ。俺はこっちでまだまだ遊び盛りだ。見守ってくれよな。にやにや3号を供える。


 俺は今、マスコミ帝王の前にいるんだ。自分が、憧れていて、浸かりたい世界に君臨した帝王の墓の前に。俺は今いるんだ。普通の墓だ。別に何の面白みも無い。存在感も無い。帝王ですら死んだらこんな四角い石になって残るだけなのか。そうだよな。ただの人間だもんな。人間なんだからどんなに大成しても、死んだら石になって、奇特な学生に拝まれるって程度だ。そんなもんだ。

 あくび。なんだ。達成感、無えな。ただ、体だけはぼろぼろだ。久しぶりにこんな体力使ったよ。限界です。もう無理。
 さて、帰って寝よっかな、と瑞泉寺の境内を出口へ向かう。やたらとごちゃごちゃした庭園。高台にある寺は結構いい眺め。ふとしたところに、大宅壮一の記念碑を見つけた。大宅さんの文句が大きな字で彫られていたよ。立ち止まって見やる。

 たまゆら、俺の全身はもはや炭酸水。

 しゅわしゅわしゅわしゅっわー、って。

 ちょっとだけ泣いた。

 生前、日本中を唸らせた数々のロックンロールな名文句の中でも白眉の一発。

 「男の顔は履歴書である」

 ぐわっち。


 俺は油断していたよ。


 もっともっとだ。

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 はい。こんな感じの記事が載ってるのです。熱いですね。何やってるんでしょうかね。熱いんですけど、これ、大宅壮一のこと知らない人が読んでもあんまり面白くないですね。今思いました。まあ、興味ある方は、最寄の書店に寄って『にやにや笑う』を手にとって見てください。全国の書店で絶賛発売中であります。ちなみに価格は税込み1万円です。大宅壮一については、知っといて損はないですよ。得も無いと、思いますけどね。

 んじゃね。

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