第51回 1泊6日の北海道旅行 尻取編2

 …


 「色川武大」
 「それ言ったべ」
 「言ってないよ。阿佐田哲也は言ったけど」
 「同じじゃねーか。ズルすんなよ。いしいしんじ」
 「ジャクソン・ポロック」
 「それは言ったっしょ」
 「言ってねーよ。モンゴメリは言ったけどさ」
 「同じじゃねーか」
 「同じじゃねーし」
 「…くまきりあさ美」
 「三橋美智也」
 「山口智充」
 「辻仁成」
 「RIKACO」
 「お前さっき村山里佳子言っただろ?」
 「いいだろ別に。何でケチるんだよ」
 「いや、同じ人はダメっしょ」
 「同じ人じゃねーじゃん」
 「同じだろ」
 「ちげーよ」

 2人は北海道のはるかなる大地をひたすら北に向かって歩いていた。苫小牧の港から苫小牧の市街地までのタクシー代をケチったのだ。

 「じゃあさ、街に着くまでしりとりしようぜ」
 「いいよ」
 「有名人の名前しりとりな。やっぱこういうのって、縛りがあったほうが面白いんだよ」
 「おう」
 「ノリノリだな」
 「ノリノリだよ」

 という会話からもうすでに2時間が経過していた。
 いっこうに街は見えなかった。2人は長い船旅の疲れを癒す間もなく長い距離をひたすら歩いているのだった。


 「もう、『こ』無いよ」
 「84%くらい『こ』だよね」
 「そんなわけないだろ」
 「いいや、頻出だよ」
 「あ、分かった。小雪」
 「お、よくみつけた。きたろう」
 「上戸彩」
 「山崎邦正」
 「イルカ」
 「カール・ルイス」
 「…『す』とかもう無いから」
 「『鈴木』で探せばいいじゃん」
 「『杏』と『蘭々』しかでてこねーよ」
 「探せよ」
 「ああ?鈴木イチロー!」
 「いるじゃん。六條華」
 「うっせー死ね。さっき楠城華子言ったくせによ。中原中也」
 「道間違ってない?」
 「合ってるよ、っていうか分かれ道なんか無かったじゃねーかよ。ここは北海道の南端だから北にしか行けねーよ」
 「ばーか。柳生博」
 「なんで俺がばかなんだよ」
 「顔が」
 「高校生かお前」
 「ばーか」
 「あ、もう、俺、言っていい?東京帰りたい」
 「…それは言うなよ」
 「…寒い」
 「…寒いね。風が冷たい」
 「なかなか着かないよな」
 「…柴田理恵」
 「エスパー伊東」
 「上島竜平」
 「今井メロ」
 「あ、俺も帰りたい」
 「ごめん。今井メロなんて言ってごめん」
 「何しに来たんだっけ?俺ら。ここまで」
 「分からん」
 「何でしりとりしてるんだっけ?」
 「忘れた」
 「…今井メロやめる。ほんとごめん。井川遥」
 「海部俊樹」
 「岸谷五朗」
 「何で人名しりとりなんだっけ?」
 「何も知らん。死にたい」
 「ここで死にたくないなあ」
 「たくさん人の名前知ってるってさ、無駄だよね」
 「無駄だね」
 「…」

 「…内山田洋」
 「…」
 「…」
 「…」
 「…内山田洋だよ」
 「…」
 「…」
 「…」
 「…、なあマルク、内山田洋だよ」
 「…、山田さぁ」
 「うん?」
 「…将来のことって考えてる?」
 「…」
 「…」
 「…」
 「…、う、内山田…」
 「…」
 「…」


 北海道の道路は、東京のそれと比べると太く、長く、大きく、どこまでも続いているのだった。大地。それは不安そのものだった。誰もいない何もない。車の走っていない道。ただ風だけがふく道。本州と違いとっくに冬に侵食されている空。ここはどこなんだ?これが旅か?俺は何がしたかったのだ?自問が胸に地面に空に放たれ、そのまま反射される。2人は永遠に続いて行くしりとりに、押しつぶされそうになっていた。


 「山田優」
 「ウエンツ瑛士」
 「ジョー・ディマジオ」
 「小倉智昭」
 「菊川玲」
 「石田ゆり子」
 「国分太一」
 「チョコボール向井」
 「池乃めだか」
 「加納典明」
 「稲森いずみ」
 「三木聡」
 「釈由美子」
 「古賀稔彦」
 「小林亜星」
 「イーサン・ホーク」
 「宮藤官九郎」
 「うじきつよし」
 「篠原ともえ」
 「遠藤久美子」
 「河野洋平」
 「市川雷蔵」
 「梅宮辰夫」
 「岡村隆史」
 「嶋大輔」
 「研ナオコ」
 「小室哲哉」
 「矢部浩之」


 …


 「あ、あれ駅じゃね?」
 「やっと着いたね」
 「…どうする?何か考えある?」
 「無い」


 苫小牧は地方都市とも呼べない、寂れた街だった。何も無かった。すすけた駅ビルを中心に無駄に大きな古い道路が四方に広がっていた。「ラーメン食おうぜ」と、山田はマルクに言った。「…ああ、そうだね」と、マルクは山田に言った。

 駅の近くの小さなラーメン屋。赤い暖簾をくぐる。そこはおばさんが一人で店番をしていた。他に客はいなかった。揃えられていない丸いすとつけっぱなしのテレビ。2人はカウンター席に座る。「味噌チャーシューメン」、とマルク。「塩ラーメンとぎょうざ」、と山田。「は、は、はい」とおばさん。なぜかおどおどしているおばさん。おばさんはラーメンを作る手際が悪かった。どうした? おやっさんは入院中か? 慣れない手つきのおばさんはぎょうざを作るのが遅い。山田とマルクははらはらしながら無言でおばさんの手つきを見つめる。すぐに落し蓋をした鍋に異変が認められた。真っ黒の煙が鍋から上がる。もくもく。「すいませんすいません。大変だ大変だ」とおばさん。けむい。「あ、いいですからゆっくりやってください。大丈夫ですから」と山田。「すいませんすいません。あああ」店内煙だらけ。もくもく。真っ黒に焦げたぎょうざ。「すいません作り直しますから」とおばさん。マルクはその様を見て、諸行無常だ、と思った。ラーメンは不味かった。


 2人は札幌に行くことにした。

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