第56回 四国遍路編23

 8月2日 四国最南端へ 前編


 お兄さんとは30分雑談をした。お兄さんはサンジカーで帰っていった。

 彼に、心から感謝。

 友達にはなれなかったけど、あなたのことは一生忘れません。




 泥のように寝て、朝。

 起きて歯を磨く。海水浴場備え付けのトイレだったらしい。すぐ近くに中学校があって、子供が部活動をしていた。朝練ですな。朝の海が物悲しく広がる下ノ加江中学校。俺は支度をし、また歩き出す。トイレから出てきた俺を怪訝な顔つきで見る中学生などはもう何とも思わなくなっている。擦れ遍路。またいつもの、太平洋を左手に、延々続く田舎の、灰色のアスファルト。空気が膨張して陽炎。汗が噴水。午前の、昇っていく太陽の突き刺す日差し。

 海岸沿いのここいらには、ビーチがちょこちょこあって、海水浴場がぽつぽつとある。歩いていると開店の準備をしている海の家があった。食事できるかと聞くとできるというのでやきそばを食う。夏季限定アルバイトだろうか男子高校生の店員が数人わいわい。会話を盗み聞く。盗み聞き遍路。「アレ買った?」「買った」「持ってきた?」「持ってきたよ」「ほんなら聞こうや」。かぱ、とケースから取り出しCDをラジカセに入れる高校生。でっかいスピーカーから流れるのはこの2003年夏のマスト。
 南国の若者達によるフレッシュなラブの調べが鼓膜を撫ぜ鼻息が空色に変わるのだ。

 HY。

 『AM11:00』。

 目を覚ましてよ君の声が〜。やきそば。夏が踊る。


 いたたまれなくなってやきそばをかきこみ、海の家を後にする。そしてまた漣のある風景。道と海と空と風。げっぷ。紅しょうが。白砂。てくてく。

 歩いていくとまた海水浴場。陽も昇っているので泳いでいる人もちらほら。これは休憩がてら、目の保養に、カキ氷でも食いながらビキニでも拝むかね、と降りていきこじゃれた海の家へ。カキ氷を食おうとすると、やたらトッピングが多くてややこしい。
 みぞれ金時オレンジブルーハワイメロン。
 あずきコーラグレープピーチきなこ。
 エトセトラ。
 ハムナプトラ。
 そんなのがやたらとあって、この中から1つ選択して氷にかけたら500円。2つなら600円。3つなら650円。…。高え。俺はオレンジミルクにした。

 海の家で俺はぼろぼろの服。頭にタオル巻いて大荷物を傍らにオレンジミルクをほおばってきーんってなりながら渚のギャルを探す、が、家族連れしかいない。騙された。おら高知の海水浴場に過剰期待してた。そらそうだこんな田舎まで泳ぎに来るギャルなんてないよな。孤独。オレンジミルク。海の家のおばさんは元気な人で、俺に話しかけてくれる。「えらいのお。暑いじゃろ。昨日はどこで寝たん?」「向こうの中学校で寝ましたよ」「はあ。暑いじゃろ」「暑いですねえ」「いっぱいカキ氷食べて元気回復やな」「そうですね」話しかけてくれると嬉しい。


 後ろの席で大学生くらいの数名が食事をしていた。そこに私くらい場違いの、なぜかネクタイを締めたおっさんが来て、大学生に話しかけている。雰囲気がなんか変だったので、また盗み聞き。盗み聞き遍路。


 「夏休みか?」おっさん。
 「そうですね」学生。
 「夏休みで泳ぎに来とるんか?」
 「そうですよ」
 「そうかぁ。じゃあビール飲むか?」
 「え、おじさんこの店の人なん?」
 「あああ、うん、ああ、うん、あ? ああ。うん。ビール飲むか?」 「はあ」
 「おし、ビール一つ」
 おっさんにそう言われてあの元気なおばさんは複雑な表情をしている。
 するとやおら、店の奥からごついおっさんが出てきて、「おっさん、また来たんか。商売の邪魔だから帰ってくれ」と言った。
 「なんや、俺はビール飲みに来ただけやぞ」
 「わかったから」
 「何すんねん」
 「商売の邪魔やから」
 「わしは客やぞ」
 「お前金持ってへんやろ」
 ネクタイのおっさんはオーナーらしきごついおっさんにかつがれて連れて行かれた。それをみて学生達は唖然としている。
 「ごめんな。あのおじさん鬱陶しいんよ」元気おばさんが、少々冷たく言う。大学生達は微妙な表情でへへらと笑う。
 「まあ、気にせんといて」と元気おばさんが言って、俺は切なくなってオレンジミルクをかきこんだ。夏。



 俺が勘定を払おうとすると、おばさんは、「お接待にしたるわ。また来てな」と言ってくれた。俺は600円のカキ氷をただ食いしたことになる。おっさんは追い出されたのに。あら、なんか切ない。どうもありがとうございました。

 ふーん。と思った。


 海の家を出て、また歩き出す。

↑ページのトップに戻る↑