第69回 四国遍路編30

 8月6日 夕陽遊歩

 現在2006年6月。湿気の多い杉並区の部屋で、3年前の日記を読み返しながらこれを書いている。その日記は自分で書いた日記なのだが、今読み返すと訳の分からないことがかなり書きなぐられていて、ちょっとイタい。3年前の自分の脳みそを割ってみてみたい。自分で書いたのに、気持ちってものはこぼれるものなのだ。たった3年ほどでも、あの頃の俺と今の俺は別人で、違うことを考えている。もちろん芯は変わっていないつもりなのだが、着ている服が変わっている。吸っている酸素の量が減っている。
 大人になるってことは、肺活量が上がるということなのだろう。息を止めた生活にどんどん慣れていく。
 恥ずかしがるのももう面倒なので、とりあえず日記にあった殴り書きを抜粋。

 1

 こんなうす白い朝に 野心の女のこととか考えるんだけど
 やっぱおすの朝の夢 気力とかはまだ出ない

 同じことが続いていくけど おすの朝の夢の中だ
 野心にエサをやろう 大きくなれ 育て って
 野心にエサをやろう つって の 野心の朝


 2

 今朝、ジョニー。ダックが死んだって

 死体はざくろみたいになってたって

 はす向かいのフランソが言ってたの

 僕は ステレオの ボリューム 上げて

 もう何も聞こえない 何も聞こえない

 何も聞こえないからな 何も聞こえないからな。


 3

 何とかなるさ、と、何かしなきゃ、の、両立。

 楽しい、と、嬉しい

 進めば着く いつかは とか言い訳で過ごす

 言い訳じゃない理由はあるか 大儀はあるか



 一本松温泉の駐車場で目覚める。朝6時。
 うす白い朝で、俺は女のこととか、見えない未来のこととか、生活のこととか、生きるということとか、いつも考えているようなことを、朝立ちした下半身のその確信的な痺れと共にうだうだと半睡で反芻。なぜか勃起が愛らしくて、まあ、なんとなく。なんとなくの、朝。自分の中の野性にエサをやって、大きくなれ、育て、と、夢の中で思う。
 起きる。
 出発。いつもの出発。
 歩くのだ。
 2時間ほど行くと小さなビジネスホテルが建っていた。そこでモーニングを食う。550円。安い。
 第40番札所観自在寺を参って、103回歩いてお遍路さんを廻ったというおじさんから錦の御札を貰う。もうすぐ煩悩の数だ。100回以上も廻っていたらお遍路さんが人生になるのか、と思うと、なんか茶色い違和。
 宗教。
 俺も今遍路をしている。なぜだか分からないが遍路をしている。季節は夏で、暑い。歩いている。
 歩きながら汗をかいている。
 ああ、俺は今、汗をかいている。汗をかいて先へ進もうとしている。それは、多分、嬉しいことなんだろうなあ。
 と思った。
 何とかなるさ、と何とかしなきゃ、を両立させて、何かが出来ればいいな。
 と思った。

 真昼間。

 ファミレスでランチを食う。街はいい。食料調達に困らないから。知り合いからのメールで台風が接近中なのを知る。177で調べると明後日には愛媛県は暴風圏に入るようだ。
 どうしよう。ピンチだ。

 歩いていると瀬戸内海が見えてきた。生まれて初めての瀬戸内海。穏やかで、波が小さい。ちょっと感動。
 オーシャンビューのバス停をみつけて、そこで一夜を過ごすことに決める。蚊がいそうだけどしゃーない。蚊取り線香っていつも朝方に燃え尽きちゃうんだよな。
 バス停で寝支度をして日記を書いていると、ギターを持った同じくらいの年の兄ちゃんがお遍路さん。少し話をする。台風について情報交換とか。「僕はもう少し歩きます」と言って、彼は夕闇に消えた。
 今度は自転車に乗ったおばさんが来て、ぶっきらぼうで聞き取れない語調で俺に何かを話しかけてきた。疎通できてなかったけど少し話をした。あぶらげの入ったどんぶりと麦茶を貰った。飲んで食った。すげー旨かった。部落民だなあと思う。差別的な意味ではなく。ラジカルな親切。おばちゃんも自転車をきこきこ言わせて夕闇に消えた。

 夕方。
 嵐の前の夕方。

 海に沈む夕陽があまりにも赤いから写真を撮りまくった。

 田舎の港には明らかに場違いな白いマルチーズを散歩させていたおばさんが、俺に声をかけてくる。
 「奇麗な夕陽やね」
 「そうですね」
 「どこから来た?」
 「東京です」
 「台風くるで」
 「そうなんですよね」

 打撲みたいな赤紫色の、気味の悪い、世界の終わりみたいな、痛い、強い、夕陽。
 台風の前にこんなに夕焼けが赤くなるのはなぜなんだろう。胸が張り裂けそうになる。心臓の色だな。と思った。


 夕陽。

 俺は遊歩。

 進めば着く。いつかは。

 何とかなるさ、と何とかしなきゃ、の両立。


 台風が来る。

 台風が来る。

 また一日が終わった。

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