第75回 1泊6日の北海道旅行 帰りのフェリー編

 帰路はまた過酷だった。
 パンチさんに礼を言って旅館をチェックアウトし、また6時間かけて札幌まで戻り、同じカラオケで朝まで過ごした。2日ぶりの札幌は2日前と何も変わらず、相変わらずのちょっと整然とした地方都市なのだった。カラオケ屋の店員は2人をゲイだと勘違いしたらしく、やたらと部屋を覗いてくるのだった。
 カラオケ。2人はもう、へとへとに疲れてしまっていて、B’zを歌う余裕も、バンプオブチキンを歌う余裕も無い。カラオケルームの赤いソファにだらしなく寝そべって、ビールを飲んで寝た。そして同じ電車で苫小牧まで行き、フェリーに乗り込んだのだ。殆ど客のいない2等の雑魚寝部屋で2人は横になって買ってきた雑誌を無言で読んでいる。
 もう、数時間後には東京である。
 あっという間の6日間だった。

 「…」
 「…」

 沈黙を破ったのはマルクだった。

 「…お前に食わせるタンメンは無え」
 「何でお前はそんなに面白いの?」
 「…」
 「…」
 「…疲れたよ」
 「…疲れたな」
 「旅ってこんなに疲れるもんなの?」
 「多分俺らの場合、やり方間違えてるんだよ」
 「あ、やっぱり?」
 「うん。完全に間違えてるよ」
 「完全に間違えてるよな」
 「何で言い直すの?」
 「いいじゃん」
 「いいけどさ」
 「いいだろ?」
 「いいよ」
 「まあ、よかった。じゃあ、幸せな気分になれる、ピースな旅も存在するわけだ」
 「きっとあるよ。どこかに」
 「きつくない旅」
 「カラオケとかに寝なくていい旅ね」
 「見つけられるかな」
 「俺らだったら危ういよな」
 「危ういね」
 「楽しい旅って何?」
 「金のある旅でしょ」
 「あー、金のある旅してー」
 「したいね」
 「だって俺さっきキャッシングしたんだぜ。帰りの船代のために」
 「うん。見てたから知ってる」
 「やってらんねーよな」
 「な」
 「楽しい旅があるとしてさ」
 「うん」
 「そのときの道連れはお前じゃないほうがいいな」
 「それはこっちのセリフだろ」
 「もう絶対お前と一緒は嫌だな」
 「俺も女と行くよ」
 「だよな」
 「だろうさ」

 マルクは吐き出すように言った。
 山田はおもむろに立ち上がり、背伸びをし、財布をコートから取り出してポッケにしまっている。
 「どこ行くの?」
 とマルクが聞くと、
 「ちょっと脱衣麻雀してくるわ」
 と答えて船室を出る。しょうもない、黒いTシャツの後姿。マルクはそれを一瞥して、読みかけの「実話ナックルズ」に目線を戻す。

 フェリーはぷおぷおと汽笛を鳴らして遥かなる太平洋を、2人の可愛そうな馬鹿を乗せて、揺れて、東京に戻る途中なのだった。

 マルクは広い船室で寝そべりながら考えるのだった。
 世の中に意味なんて無いな。唯物論的に世界を見ようとして、出会う人や出来事に意味を見出そうとして、社会でポジショニングを探して、膨大な情報の中であくせく働いて、占いやら天気予報なんかを信じて、時々ふいに空虚になったりして。
 そんな人生は送りたくないな。ただ、そういう風に生きない方法って何なんだ?
 俺はこれからどうすればいいんだ?


 山田は脱衣麻雀でコンピュータにいきなり天和を出されて怒りながら思うのだった。
 真面目に働こう。東京に戻ったら、一生懸命日々を送ろう。誠実に。真摯に。人生に取り組もう。何も求めないでいよう。何も期待しないでいよう。そうすれば。そうすれば。と思っていよう。それで不幸になってもかまわない。どうせオチはおなじなのだから。どうせ最期は決まっているのだから。ただただ、そういうことを狂信していよう。
 俺は盲目になろう。


 船は揺れている。
 船は海の上にある限り揺れ続けるのだ。
 船は船だから。




にやたび・北海道旅行編 おしまい

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