第83回 インドの、なんとかっていう駅で寝ていたら列車に乗り遅れたときの話4分の2

 私は今、インドのなんとか(名前忘れた)という田舎の駅の前にいる。ここから夜行列車に乗ってバラナシに行こうと思っている。辺りは5m先も見えない練乳みたいな濃霧が駅中を覆っている。私は駅前の果物屋で夜食にと蜜柑を5つ買って、黒いターバンのシク教徒の駅員にバラナシに行きたいことを告げて一番安い切符を買い、駅の構内に入った。旅行者用に待合室があると黒ターバンは言ったので、そこに入ってみる。30畳くらいの大きな部屋だった。私はそこで発車までの時間を過ごすことにする。発車予定時刻まであと1時間はある。列車はどうせ遅れるだろう。ここはインドだ。
 部屋を見渡すと、白人のおじさんと、インド人のガイドを連れたイギリス人の太ったおばさんがいた。おそらく行き先は同じなのだろう。日本人らしく彼らに会釈し、部屋の隅の大きなベンチに荷物を降ろす。
 入り口のところに朱色のサードアイが苦々しく光るヒンズー教徒の、おばさんが居て、こっちに来い、と合図をしていた。行くと帳簿に名前とパスポートの番号を書けと言う。私が書くとおばさんはお決まりの、「バクシーシ!、バクシーシ!」を始めた。私が小銭をだそうとポケットをじゃらじゃらさせると、「ノー!10Rs!」と言う。10Rsから紙幣なのである。ムカついたので払わなかった。イギリス人の太ったおばさんが私のやりとりを見てけらけら笑っていた。
 バックパックを枕にして本を読んでみたり、日記を書いたり、蜜柑を2つ食ったり、CDを聴いたり、途中から部屋に入って来たインド人の警察の人のびかびかのライフルを触ろうとして怒られたりしていると、ぼろいスピーカーからうるさいアナウンスが流れた。右翼の街宣車でももうちょっと遠慮するだろうと思うくらいの爆音。嫌でもがんがん耳に入ってくるのだが、いかんせん英語で、何と言っているのかいまひとつ分からない。ただ周りの旅行者のリアクションからして、良いニュースではないようだ。イギリス人のおばさんに、「プリーズテルミー何て言ってました?」聞くと、「フォグでトレインが6アワーレイトらしいわよ」。どうやら霧で列車は6時間遅れるらしい。
 今、夜の8時くらいなので、朝方まで列車は来ないということになる。ここで半夜を過ごさなければならないようだ。
 うわー。
 やることねー。
 やってらんねー。
 しょうがないので私は他の旅行者に荷物を見ておいてほしい、と頼み、駅内を散策することにした。結構広い駅で、散歩の甲斐がある。
 私は待合室から外に出た。夜のインドの田舎の駅。
 待合室の外は電灯もなく、25mプール一杯の墨汁をマッチョにぶちまけたみたいなように真っ暗なのだった。明らかに危険である。そこに殺虫剤みたいな霧が隙間なく立ち込めていて、ここに酸素はあるのか? と変な不安に陥る。てくてくとホームを歩いていると足元に大きな袋が転がっていて、良く見ると人だった。人がゴミ袋みたいなビニールを寝袋代わりにして包まって寝ているのだった。私に気づいて訝しげに向ける視線。眼が異様に白い。茹でた魚の眼みたい。日本にいたときに3巻で挫折した、30年前に書かれた「深夜特急」のワンシーンまんまの状況で、私はそれに半分感動して半分しらけた。この国は30年変わっていないのか。あまりの暗闇に、あまりの何も無さに面倒になって私は待合室に戻り、ベンチで横になった。暗闇のせいで疲れた。

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