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第85回 インドの、なんとかっていう駅で寝ていたら列車に乗り遅れたときの話4分の4
どうやら私は、霧のせいで予定より6時間遅れるといわれていたが実際は予定より4時間遅れでやってきた列車に乗り遅れたようだ。 ややこしい。 日本人の私は「予定」という概念を捨て切れていないということなのだろう。6時間遅れる、と言われたから律儀に6時間待とうとしていた。歯がゆい。なんてこった。 聞くと白人のおっさんはデンマーク人だという。デンマーク人も「予定」に留意してしまう民族なのだろうか。英語が下手な私は、こういうときに意思疎通が出来ないことをとてももどかしく思う。デンマーク人がインド人と話しているのをとなりで聞いている。次の列車が来るのは2時間後なのだそうだ。流石にまた列車を逃すのは嫌なので、もう待合室には戻らずに、荷物を柱に立てかけて、そこによりかかって居眠りをする。蜜柑を1つ食う。デンマーク人も煙草を吸いながら本を読んでいた。蜜柑を1つやるとにっこりして、「サンクスね」と言った。列車を乗り過ごしてしまった者同士の友情は青色。まあまあいい色なんじゃない? 私は、異国の、埃っぽい駅の冷たいホームで、真っ暗な闇の中にただただ続いている線路を、眺めていた。
ここいらで、私達の決まり文句。キーワード合言葉。ステレオタイプのあのいつもの科白を吐こう。知らん振りして、アンニュイぶって、伏し目がちで、小さなため息をちょっぴり混ぜて。そのときも暗闇は確実に私を、私のいる駅を、インドを、地球を覆っていて、被さっていて、包めていて。準備はいいですか? 行きますよ? そら。
「何をしているんだろう。ここはどこなんだろう」
ふと顔を上げる。音がする。黄色いランプがフォグ掻き分けてやってくるのが見えた。近くにいた駅員が私に「ウェイクアップしなよ。ユアトレインカムズだぜ」。 2時間後に来ると言われた電車が30分後に来たのである。 なんやねん。 私はデンマーク人と一緒に列車に乗り込んだ。列車はまたすぐに発車した。寝台席を陣取って、横になる。デンマーク人に「グッナイね」と言われ、笑顔で「ヤ、おやすみ」と返す。21歳の1月。がたんがたん、と霧の夜の闇の濃いのの中をゆっくり進んでいくのは、ぼろぼろの列車だった。この列車は何処に行くのだろうか。寒い。アーグラーで買ったブランケットに包まる。鼻をずる、と啜る。 野宿はしるしだと思う。私はあの駅に、列車に何かを染み付けてきたはずなのである。そして私自身にも何かが染み込んだだろう。そんな気がする。根拠は無いがそんな気がする。染み付いたものは何なのか、あれから18年経った今考えているのだが、まだ分からない。もしかしたら死ぬまで分からないのかもしれない。根拠は無いがそういうもののような気がする。 だって、これを書いている今だって、部屋の外はとぐろを巻いた夜闇だ。
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