第86回 四国遍路編37

 8月8日

 いまだに22日目。


 雨の道



 朝と比べるとだいぶおさまってはきたけど、まだまだ大嵐全開。大自然の厳しさを肌で味わいながらてくてくと。第42番札所仏木寺を打ち終わって、第43番札所明石寺までのうねった山道を歩いている。排水溝から雨が溢れて、アスファルトの坂がウォータースライダーみたい。うはー。楽しー。うそうそ。あほか。車もほとんど通らないし、当然通行者も、遍路仲間もいないので、俺はとっても心細かったのだった。

 結構な坂道だったけど、車が通れるくらいの比較的大きな道でちゃんと舗装されていて、よくあるように道沿いは3mくらいのコンクリートで固められて壁、壁の上は森。そんな中を、雨合羽で、杖ついて。スニーカーはぐしょぐしょ。
 んまったく。なんてひとりごちたり。
 してたら、
 突然、後ろのほうでどしゃどしゃどしゃ、と音。俺が驚いて音がしたほうを振り返ると、転がっているのは、1mくらいの、頭に当たったら確実に頭蓋骨陥没する大きさの木片。まるで死体のように。腐った木が水を吸って自らの重さに耐えられなくなったのだろう。こういうのも土砂崩れっていうのかな。木だけど。崩れてないけど。小規模だけど、生まれて初めて目の当たりにした土砂崩れの驚きと、一歩間違えれば自分に当たっていたという恐怖で軽くパニックになる。

 やべー。

 ここはやべーだ。


 我に返る。

 なんで俺、台風なのに歩いてんだろ。


 自然の大きさに、ちっぽけな人間は全く歯が立たないのだ。当たり前のことに直面して、おもいっきり後悔。死にたくないなあ。台風の日に山登って死ぬなんてかっこ悪すぎるなあ。頭をかく。

 明石寺はこっちです、という矢印を見つける。今まで歩いてきたアスファルトの道からそれて、曲がりくねった未舗装の山道を指している。先は真っ暗。こいつぁ危険だ。危険この上なしだ。何かあったら捜索大変だろうなあ、なんて思って、でもなんか俺は惰性でその道に入った。細い道だった。また腐った木が上から落ちてくるかもしれないし、歩いている道がいきなり崩れるかもしれないし、マムシにでも噛まれたらやばいなあ、骨とか折ったらどうなるんだ? なんて思いながら。

 まるで川を逆上しているような感じ。雨水は、木の生えていない道に集中して流れ、赤土の地面をえぐり、道をさらに森と分別するのだ。そしてそこを溯る人・俺。びしょびしょ。まぬけ。反逆のそうめん。泥まみれの鮭。全身茶色の水でずぶぬれになり、半べそでクライミング。息が切れる。

 30分くらいかけてやっと大きな道に出る。肩で息をする。すると、右手のほうに何かがある気がした。道端を見やると小さな、古い地蔵があった。

 なんでだろう。
 寄っていって、無条件に、手を合わせる。

 もしかしたらさっきの、長命水の不思議話を聞いた直後だったからかもしれない。自分の無事を何かに感謝したいっていう、宗教的な気分だった。守られているような感じがして、ポッケから200円くらい(貧乏旅行者には大金!)賽銭を出して、地蔵の前に置いた。地蔵の表情が変わったような気がした。気のせいだろうけど。



 なんとか明石寺に到着して、無事納経を済ませ、山を降りる。少し歩くと街が見えてきた。ファスト風土なショッピングモールを発見。24時間営業のコインランドリーで汚れた衣服を全部洗って、濡れたタオルで身体を拭いて、さっぱり。日記を書く。夕食はマクドナルド。監視カメラの死角にマットを敷いて就寝。


 雨風のせいであまり進めなかったな。
 でもまあこんなもんだろう。

 なんて長い一日を肯定して、
 俺は白い夢にアイアンクローされて、向こうのほうに吸い込まれていく。
 今日が終わる。


 そんで数時間後にはまた朝で明日だ。

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