|
第89回 カトマンズのカジノ 下
そうそう、公園でカトマンズのことを思い出している。
☆
賭ける金にも事欠く俺は、飯だけ食ってあとはギャンブルに興ずる人々を観察して回っていた。それを夜な夜な続けていた。
カジノの中に靴磨きがいた。 カジノに雇われているのだろう。もちろん無料で磨いてもらえるのだ。が、あまり靴を磨きたがる客はいないらしく暇そうにしていたので、俺がスニーカーでも磨いてくれる? と聞くと、「オフコース!」と歯茎を光らせて言う。ネパールはヒンズー教徒の多い国なので、牛がたくさんいて、街中牛の糞だらけである。長旅の俺の靴は糞まみれ。リアル・ブルシットにまみれたジャック・パーセルを、靴磨きの兄ちゃんは歯茎を全面に押し出したほほ笑みできこきこと磨いていた。懸命に。でも次の日に街を散歩するとすぐに靴は汚れ、また夜に彼に磨いてもらうのだった。
クリケットっていうスポーツがある。 イギリスが発祥で、イギリスの統治下にあった地域では人気があるスポーツ。世界でサッカーの次に競技人口のある、大人気スポーツなのだそうだ。俺がカトマンズにいた当時、ちょうど、4年に一度のクリケット・ワールドカップの真っ最中だった。ネパールではあまりクリケットをやっている姿は見なかったけれど、インドではクリケット小僧が、しましまの羽子板みたいなのを持ってわいわいやってた。 大きなスクリーンを、ステージの前に吊って、映写機を回してクリケットのワールドカップの放送を流して、インド対パキスタン戦でインド人富豪のサポーターが、めちゃくちゃ盛り上がっていた。サッカーの日韓戦なんか目じゃないくらいの、代理戦争くらいの勢いの試合なのだろう。溢れる熱気。つられて思わず俺も見入ってしまう。 ただ、ルールがさっぱり分からない。
ルーレットはいつも盛り上がっていた。ピザの上にサラミを置くようにコインを賭けていき、ごっそり負けているインド人を後ろから見ながら、あまりに深い夜に。あまりに淡い自分に。あまりに暗い床に。小さな黒を見た気がして、なんだか面倒になって、俺は持っているコインを全部黒に賭けた。そしたら赤だった。
ゴミ箱の中のような夜がすんごい永遠で。
なんて、意味が無いんだ。
なぜ俺は、こんなところにいるんだろう。
☆
木枯らしがぴーぴー吹く東京で、首をすぼめて寒がる。これは確かにカトマンズの気温だ。カトマンズの風だ。 何も無い毎日がバカみたいに過ぎていっていたあの頃。 まあ、今も全然変わっていないのだけれども。無作為な人生だぜ。なんて思って、星の無い夜空を見上げる。遠く遠く離れたカジノのことを思い出してる。ほんと、ナンセンス、この上なし。初冬。家に帰ろう。ここは冷えるから。こんなこと続けてると、風邪ひいちゃうから。
↑ページのトップに戻る↑ |