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第92回 カンボジアの頃 其の八 踊箱
プノンペンのびかびかディスコで、アンコールビアーをがぶがぶ飲んで。
川辺で涼んでいた連中の中に家族連れが居たのでちょっと安心。4人家族。お父さんとお母さんとお姉ちゃんと弟。子供のそばなら犯罪を進んで起こす奴も少ないだろうとふんで家族連れの近くに何気なく近づいて、済ました顔で堤防にこしかける。心臓ばくばく。腕時計を見ると午後9時を回った頃だった。子供が欠伸をしている。 このままJが帰ってこなかったらどうなるんだろう。ここに朝まで居るのか。もしかしたらJはマフィアかなんかで、このまま俺売られちゃったりするのかな。あはー。なんだこれは。と頭をごしごしかいて河にフケの雪を降らせていると、家族連れは帰ってしまった。うそん。怖いからそばに居てよ。
あーどうすんだ、とひとりごちて、たらんたらん流れる河を眺める。河面にはどす黄色い月が、日本と同じ形状の月が、でも旅先の佇まいで少したどたどしい月が、ででんと映っていて、海月みたいに揺れていた。ゆらゆらしたその不安定な感じがそのまま俺の未来なような気がして。なんで俺はこんなところに居るんだろう。俺は何をしているんだろう。この5分後は一体何をしているのだろう。と、本気で、夜にびびりながら、このまま逃げてしまおうか、いやでも何処に逃げるんだ、なんて考えながら、でも、しかたないから、だから、それで、とにかく、Jを待っていた。真っ暗闇の中で。
30分くらいでJは戻ってきた。10分ていったのにィ、ばかばかァと歩み寄る。バイクの後ろ座席にちょこんと女が座っていた。Jは、「これはユーが持ってろ」と言い、枯葉の入った袋と薄い紙を俺に渡した。宿に帰ってから開けろよ、と言う。俺は格好つけて、「おう」とだけ言い、それをポケットに入れた。そしてひそひそ声で、「お前のために俺が選んだんだぜ」と言い、あの笑みで笑う。視線の先に連れてきた娼婦。 あんまりかわいくなかった。 3人。娼婦の彼女を具にサンドイッチでバイクに乗ってディスコへ。ディスコは掘っ立て小屋にミラーボールをくっつけた感じのところ。でもそれはそれでそれなりになかなかおしゃれなところ。門衛がいて、俺を見るなり「コンバンワトモダチー」。それなりにイカしたダンスチューンが流れており、綺麗なお姉さんたちが腰をくねらせていた。外人の姿は見かけなかった。多分皆カンボジア人かタイ人。その中に女とお供を連れて入っていく日本人・俺。なんなんだ。Jが金をよこせというから渡すと、缶ビールを買ってきた。その名も「アンコール・ビアー」俺は缶ビール4本で気持ちよくなって、曲に合わせてくるんくるんダンス。娼婦の女の子、さっきから名前を思い出そうと頭を割ってみたり日記を擦ってみたりしてるけど出てこないや。彼女は「こういう場所」は苦手らしく(俺も得手じゃないよ)、大人しく酒を舐めていた。くぐもる夜。異国の宴乱。掻き捨てて世界。 隣のJも見ると缶ビールを開けてぐびぐびやっていた。お前運転手じゃねえか、と思ったが、まあいいや、と思い直す。
どこまで続く?
この狂った狂った時間は。
終わるのかな?
なんて。
本当は知っているくせに
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