第93回 カンボジアの頃 其の九 娼婦

 恥の旅を書いて捨てます。ごめんなさい。


 2時間くらいでディスコを出ると再び門衛。「オー、ジャパニーズ、トモダチー」とさっきと同じ事を言うのだった。べろべろの俺はけらけら笑ってそいつと握手をした。
 そう、ディスコの前に花売りがいた。髪ぼさぼさのおばさんが、おできの顔した子供を抱いて花の飾りを売っていた。俺は1つ買って娼婦の彼女にやった。彼女は喜んでくれてしきりに花の香りを嗅いでいた。Jが俺を促して、また3人サンドイッチで夜の街へ。時計を見ると1時過ぎなのだった。

 Jがギア蹴ってふかして、くっちゃべったエンジンがべらぼうに歌う。完全に漆黒で固められた世界。そこを突っ切る乗員オーバーのバイク。あまりにマンガで、あまりに非現実。自分が何をしているのか分からない浮遊。停止した思考。アルデヒド分解酵素がぎんぎんになって、少ない街の光がちらちらと沸く。
 Jが俺を振り返ってにやりと笑う。浅黒い肌。そしたらあのいつもの暗闇が、圧倒的な量で前から降りかかってくるのだった。俺は簡単にすっぽりと覆われてしまう。

 カンボジアはエイズ蔓延国。タイとかインドなんかと並ぶくらい。貧しい発展途上国だから、徹底した調査がされていない感じがしたよ。この国にはおそらく公表数よりも何倍も多い、数十万人のHIVキャリアがいる。たぶんね。

 掘っ立て小屋っていうか、日本の記録映画なんかで見る戦後すぐのバラックみたいなところへ連れて行かれる。もう、蔓延、してまっせー♪ 大売出しやでー♪って勢いの部屋。怖い。トゥール・スレーンより怖い。死の匂いのする壁。不治の病ウイルスの貼りついた天井。所在無くくるくると回るファン。

 Jが、コンドーム持っているか? と俺に聞く。俺が持っていない、と答えると財布から2つ出して俺にくれた。お前は朝までここに居ることができるけどどうする? と聞くので、じゃ朝5時ごろ来て、と言うと、分かった、と言い出て行く。すげーなー、言うこと聞くんだもんなー。と感心。俺はまだ酔っ払っていた。
 クラッカーとミネラルウォーターが乗せられたおぼんを持っておばちゃんが部屋に入ってきた。ルームサービスか。俺の顔を見て、異様な笑みを浮かべ、そそそ、と出て行くのだった。


 部屋に、彼女と2人。


 彼女は俺の服の上から俺の乳首をやわらかくつねって笑う。誘いなれた身のこなし。妖艶とはまさにこれ。俺は彼女の長袖の服を脱がした。すると、気づく。二の腕に無数の傷。掻いたみたいな、描いたみたいな。細い細い、流星みたいな傷。薄いかさぶたがひらひら。俺は知っている。日本で同じものを見たことあったから。これはリストカットの跡。目の前にあるのはカンボジアの娼婦のリストカットなのだった。俺がそれを思わずなぞると、嫌な顔をして彼女は腕を引っ込めるのだった。褐色の肌の豊満な乳房が2つ揺れていた。

 俺は彼女を抱いた。

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