第17回 プロ野球最終章 長嶋茂雄とおやじたち(仮説)

 まだ楽天かライブドアかといわれていたころ、野球にまったく興味のない楽天の三木谷氏がテレビで「好きな選手は」と問われ、「長嶋世代ですから、まあ長嶋さん、、、」と見え見えの大嘘をこいていた。計算すると長嶋茂雄が引退したとき三木谷氏は小学3年生。明らかに長嶋世代とはいえない。だいたい長嶋世代というのは中心となるのは長嶋茂雄と同世代の人たちで60代、プラス下に広げて長嶋のプレーに熱狂した人たち、下限で50歳くらいまでか、それくらいの世代を指す。プロ野球ファンの中心層というのはまさにこの長嶋世代であり、野球人気が衰えたのであればこの世代が野球から離れたことが最大の理由。なぜ離れたかといえば、長嶋茂雄が衰えたからに他ならない。日本プロ野球の人気は長嶋にはじまり、長嶋が事実上死んだことで幕を閉じたのだ。逆にいえば今までプロ野球の人気は異常にありすぎた。本来の素の野球ファンに長嶋プレミアムというのがかさ上げされていた。ただそれが剥げ落ちただけのことなのかもしれない。プロ野球はおやじたちが支えてた。そのおやじたちが野球を見なくなった。長嶋茂雄が消えてあらためてわかったこと。日本には野球文化というものがまったく育っていなかった。

 今では信じられない話だが、昔は野球といえば大学野球(特に東京六大学野球)のことでプロ野球よりも断然人気があったという。そしてその人気は長嶋が立教大学在籍中にピークに達し、昭和33年長嶋プロ野球入団とともに急降下した。長嶋が野球ファンをごっそりプロ野球へもっていってしまった。一学生がである。大学野球は人気の上では衰退の一途をたどったが、プロ野球は巨人を中心に大いに盛り上がり始めた。関西では関西六大学の村山が阪神に入り、長嶋VS村山のライバルストーリーが幕を開け、立教のエースだった杉浦が南海に入り、今でいう松坂世代のような一派がプロ野球を国民的人気スポーツに引っ張り上げた。おそらくそのころは会社でも飲み屋でも家庭でも、企業戦士の男たちの会話は野球野球野球というか長嶋長嶋長嶋だったにちがいない。高度経済成長を担った男たちは長嶋とともにおやじになり、長嶋が監督になったときには男たちはそろそろ管理職という年代になり、部下に長嶋の話をしていたことだろう。まだまだプロ野球は安泰だった。そして昭和53年の江川事件、55年長嶋解任、ここがプロ野球とおやじたちのターニングポイントだった。この年を境にプロ野球は人気が落ちていった。数字の上では人気にかげりはさほど見られなかったが、なんというか熱が冷めはじめたのがこの年だ。読売・ナベツネのモラルなきやり方がまかりとおるようになったのもこのころ。おやじたちは晩年を意識しはじめ、企業の論理、力の論理には勝てないと認識。12年後長嶋監督が復帰し一時的に盛り返すも下降基調は変わらず、2004年病に倒れプロ野球人としての死を迎える。68歳。長嶋世代のおやじたちはこぞって社会の第一線から退く年齢となった。

 美空ひばりから山口百恵やピンクレディーを通って現在にいたるまでの人気アイドルをたばにしたって長嶋茂雄にはかなわない。40年以上もずーっと同世代の男たちのハートをがっしりつかんで離さなかった長嶋茂雄。おやじたちが愛した男・長嶋茂雄。男が男を愛するというこの同性愛パワー。何百万人の同性愛パワー。そう、これが長嶋プレミアムの正体。長島人気というのは、日本中の男たちの心の奥に隠れていた、自分さえも気づかなかった同性愛というパワーが結集してできたもの。つまりプロ野球人気というのはこの同性愛パワーによって支えられていたのである。長嶋が倒れたことによっておやじたちは我に返った。会社や飲み屋や家庭で野球の話をすることがなくなった。長嶋の話題などひとつも出なくなった。同性愛という官能と熱狂から覚めたおやじたち。あとに残ったものはなんだろう。ヘルスで抜いたあと、空になった財布をじっと見つめる。そんな気分か、、、、(なんのこっちゃ)。

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