第23回 悲しい田舎侍(後編)

 中村教授と日亜化学の間にこんな話がある。中村教授は日亜の創業者先代社長とはとても馬が合って何のしこりもなかったが、先代が亡くなり跡を継いだ娘婿の現社長とはそりが合わず、いざこざがはじまった。この話が本当なら発明の中身がすごかろうが金額が巨額であろうが、人間関係がこじれる原因はえてしてこんなもんという気がする。もし先代が生きていたら社内でうまくまとまり、ノーベル田中さんのような具合になったかもしれないし、中村教授のエキセントリックな性格は現れずに済んだかもしれない。また中村教授は日亜内部ではなはだ不評であるという事実がある。これは日亜側が社員を押さえ込んでるのかと思いきや、実は研究者の間ではもともと中村批判派が多いのだそうだ。中村教授はことあるごとに、または自著で、「ひとりで発明した」「部下はかかわっていない」といっているが、内部の証言ではそんなことはなくむしろ若い部下のほうが先に基礎部分を発見し、それを中村教授が横取りしたという疑いもあるくらいだ。この辺のことは当然当事者以外はわからないのだが、例えばアインシュタインは、「 y=mc² だ!」と机の上で新しい理論を発見したわけだからひとりでやったといえる。しかし青色LEDの場合複雑な実験に実験を重ねた上での発見だから、中村教授のひとりで発明したというのはいささか説得力に欠ける。そう考えると中村教授は実は日亜のチームワークで成し遂げたことは重々承知しているが、名誉欲金銭欲、先代の死、社内の弱い立場、部下の突き上げ、総合的な人間関係のもつれなどいろいろな要素が重なって会社を飛び出さざるを得なくなったのではないかと思った。

 飛び出した中村教授はいくつかのオファーの中からUCサンタバーバラ校の教授職を選んだのだが(日本企業からはひとつもオファーがなかった)、このころの中村教授の頭の中はノーベル賞という具体的なものかどうかはわからないが、「おれは世界の中村なんだ」という自意識が多分にあっただろう。自由に研究ができる、まわりはおれの言うことをなんでもきいてくれる。しかしこの田舎侍はアメリカというものを知らなかった。日亜の技術者時代は自分の研究さえしてればよかったし、日亜もそれを認めていた。いい給料ももらえた。中村教授は大学の教授になったら今まで以上に好き勝手に研究できると考えていたのだろう。大学との契約もおおよそ満足のいくものだったにちがいない。だが現実はちがった。まずアメリカの大学にはレベルが高くなればなるほど世界各国からものすごい人材が集まってくる。教授も学生もだ。廊下を歩けば世界的権威の学者に当たる。それこそ中村教授程度の実績をもつ学者ならごろごろいるし、名前は忘れたがある新設校はノーベル賞受賞者教授ばかり数十人単位で引き抜いたという話もあるくらいだ。そしてアメリカの教授は研究さえしてればいいというものではなく、大学から支給される研究費等以外にたくさんのお金を引っ張ってこなければならないという重要な仕事がある。資金があればあるほど金のかかる研究ができるし、逆にいえば資金がなければいい研究ができないし優秀な学生も集めにくい。中村教授は面食らったにちがいない。今まではカネの心配などせずやりたい放題できたのだから。それがベンチャー経営者や映画プロデューサーのように資金集めに奔走しなければならないのである。その資金を集めるために中村教授がやったことは日亜のライバル会社、米クリー社の技術顧問へ就任だったから日亜はたまったもんじゃない。もう修復不可能な状態となり今に至っている。

 中村教授が金にこだわるのは、氏がいうところの技術者研究者の地位向上とか発明者にもっと利益をとか子供に夢をといったきれい事ではなく、実際のところは現実問題として資金が必要だというのがいちばんの理由かもしれない。訴訟費用も相当かかったことだろう。中村教授が契約した升永弁護士は弁護士の所得ランキングでここ数年トップを走り続けており、特許専門の弁護士みたいな人で、特許訴訟の第一人者だ。しかも勝つから特許は升永ということになり、仕事がどんどん入ってくる。当然契約料も高い。片や日亜は一審ではまあそれなりに特許訴訟では実績のある弁護士事務所に依頼したようだがああいう判決が出たので契約を解除し、今回は長島弁護士に頼んだ。長島弁護士というのは長島大野常松法律事務所という日本最大の法律事務所の代表で、おそらく日本でいちばんカネのかかる弁護士だろう。もちろん力もある。その弁護士事務所のスーパー弁護士数十人が束になって今回の訴訟にあたったといわれている。漏れ聞くところによると日亜が出した費用は10億円以上だったそうだ。日亜は和解金6億プラス遅延損害金=8億4千万円とさらに弁護費用10数億円という必死の裁判だった。中村教授は8億4千万円を受け取ったとしても弁護費用と税金と印紙代(これがバカにならない)を差し引くとほとんど残らないのではないか。(200億も要求するもんだから印紙代も8000万から1億くらいしたのでは)。いずれにしろ中村教授にとってはあまり実のある裁判ではなかったように思う。もう少し人間的に大人で視野の広い人物だったらうまくやっていく道もあったろうに。今回いろいろ調べてみて私でも中村教授はノーベル賞なんてどだい無理な話だったんだなということがおぼろげながらわかった。それほどの基礎研究分野での大発見ではなかったみたいだ。実用的にはすごい成果だったんだけども。どうもスターを作りたがるマスコミの体質にだまされたような気がする。

 東芝の技術者から独立してザインエレクトロニクス(とてもいい会社だよ)という会社を立ち上げた飯塚社長の話を見かけたがまさにそのとおりだと思った。「巨額の報酬を求めるなら、勤務先を訴えるより起業してリスクをとるべきだ」。はげしく同意する。「カネがほしけりゃ起業しろ!」 この一言でもめにもめた青色LED裁判は私の中ではすんなりと決着した。

↑ページのトップに戻る↑