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第5回 砂漠に一滴の雫が落ちるとき・前編
おひさしぶりです。ゆくたけです。 みなさま いかが御過ごしでしょうか? ゆくたけは 只今、いわゆるニート。ニートだと?うるさいうるさい。 ちょっとお休みしているだけです。 労働というのは何も、どこかの会社で時給分働くばかりではないのです。 たとえ ハタから観れば ニートでも、自分自身的には、 自分のやるべくシゴトをしてれば それで良いではありませんか! 自己弁護の何が悪い!とゆうわけで グループ展、是非 皆様いらしてください。
詳しくは最後に書きます。
さて、ここは ゆくたけの宣伝でも、自己弁護のコラムでもなく、 久喜の良さを伝えるコラムです。
久喜、久喜には純粋なひとがたくさんいます。 純粋でないひともいますが、純粋なひともいっぱい居ます。 まあ、それは 別に久喜に限ったことではなく、当たり前のことかもしれませんが。
そして、私が思うに、久喜で久喜市中探して、「ベスト オブ 純粋」を探すのならば 確実に それはもう確実に うちの兄貴なんだと思えてならない。
両親共に教師という、お勉強が出来る子が産まれて当たり前なユクタケ家、 私は例外ですが、兄貴はまさに お勉強がかなり出来る。 でも、人生の勉強はまるで出来ていない。 人生の勉強、つまり 人間関係。 もっと言うならば THEE レンアイ。
このカテゴリーでの勉強ならば それは算数の段階から数字に嫌悪感を覚え、 諦め、サジを投げた妹(つまりわたし)より 遥かに遥かに偏差値が低い。
でも、それは彼に言わせるならば 「お前のように いつもいつも潤っている湖に、雨がひと雫落ちたとて、 お前はその時、感動はナイ。仮にあったとしても 至極薄い感動だ! じゃあ、砂漠に一滴の雫が落ちたとき、 その一滴に対する感動は どうだ? それは ものすごい感動だ。そして それこそが愛だ。 人間、一生に愛せるのは1人だけだ。だから 俺はその1人までレンアイはしない! 」
まあ、ほんとめんどくさい男で、 勉強が出来るのに、とゆうか、勉強出来過ぎるのも生きていくのは困難になるんだなあというお手本なマイブラザー。
でもねえ、察しがつくとは思いますが、 こーゆう男の方が、惚れっぽいんです。ゴキブリがホイホイに捕まるよりも簡単にコロッといっちゃうもんなんです。 そんで 惚れてたんです、高校時代から、当時の同じクラスのマドンナ的存在の女性に。
まあ、そこで惚れるのが マドンナ的な女性とゆうところがいかにも、 女友達の少ないSHY・BOYの定番なところなんですが。
そしてこの男、そんな長い間 想いを馳せていたにも関わらず、 マドンナの連絡先を知ったのは、つい1年前。同窓会でやっと聞いたそうで。 ちなみに兄貴は現在29歳。お前、何年かけて砂漠、構築してんだよ。
楽しい同窓会も終わり、家に着き、 さあ、勇気を振り絞って 初めての電話です。。。 砂漠に雫は落ちるのか?!
第6回へと続きます。
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